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2008年12月22日 (月)

ajitaさんにきっちり反論しておこう。

このID:ajitaってかたはなんか出家したというわりには妙に余裕の無い人だなあ。

きっちり批判しておこうと思います。


大乗仏教成立過程についてダメ押し 大乗仏教成立過程についてダメ押し - ひじる日々 東京寺男日記

http://d.hatena.ne.jp/ajita/20081218/p1


>初期大乗経典が部派仏教の周辺部のやさぐれ者たちによって捏造されたのは確かだろうから、

>よくわかんない大衆部と結び付けたければ、結び付けてもいいんじゃなかろうか。

>たいした証拠は無いけど、その程度のファンタジーは仏教史研究の慰みとして許容範囲だろう。

>(「在家中心に起こった大乗革命」*1という威勢のいい啖呵はどこへ消えたのだろうか?)


大衆部が庶民と迎合した庶民仏教であることは、その発展地の商人の都市部としての性格や、戒律からも明らかでしょう。

また、仏像を中心とした仏教遺跡に大衆部が多く関わっているということは、その寄進者の比率からも分かりそうなはなしですが、

それらは居士のような人々からの援助無しにはありえないわけです。

(居士という呼称は単なる在家者という意味でなく、金や権力持った地元の名士的な意味を古くは持ちます)


で、大乗経典に維摩経などという、居士が出家僧の名僧らと対等に論争するようなものがありますが、

最近サンスクリット版が出てきたりと維摩経はかなり大乗の初期からあることが分かっています。


これらを総合すれば、やはり在家が教団運営に多く関わった大衆部。そして在家が対等以上の存在感を持ちうるとした大乗という視点はおかしな説ではないと思います。

大乗経典の数々を見れば、その特徴として徹底的な平等論が見て取れます。在家だったり女性だったり、悪人だったり、そんな者すらも悟れるということが説かれます。

"大乗教団"というものはもっと後代に譲るものの、大乗経典や理論が生まれ大乗仏教が興るのは在家中心という考え方でよかろうと思います。


早大の平川氏の仏塔説をけちょんけちょんに言ってますが、先鋭的出家僧が理論形成に先導的役割を果たしたにせよ、そこに在家の関与を見ることは決して間違っていないでしょう。

大乗仏教を生む場所が仏像など寄進の盛んな地ばかりという事実が現実としてある以上、そこに絶対に存在したであろう在家の地元名士達の存在は無視しえないのです。

出家僧はそんな寄進する物品は所有していないわけで、在家の関わり無しにはこれらはありえないのですから。



>ragarajaさんも「*根本*分裂という話なら、おそらく順序的には南伝が正しい」としぶしぶ述べているが、そもそも「多仏思想」なんてもの自体が、

>諸聖者のなかで釈尊の固有名詞化・別格化(最近流行?の用語を使えばsammaasambuddhaとbuddhaanubuddhaの差別)が確立し、

>なおかつ各部派の間で「阿羅漢退論」つまり仏弟子聖者の頂点に立つ阿羅漢が悟りの境地から退転し得るか否かと>いう主流派仏教の根幹に関わる論争がなされる状況が前提に無ければ成立しえない。


いや全く「しぶしぶ認めてる」わけじゃないのですが(笑

なんか変な偏見に凝り固まってる人だなあ。

大乗では阿含経などもそうですが、有部由来などの経典も取り入れております。小乗の教えとされるものも重要なのです。決して南伝の教えが間違いとは思っておりませんよ。

論考の部分であるアビダルマにおいて、小乗の教えは矮小化していると考え、大乗主義なだけです。

大乗仏教では、小乗は小乗で教えとして否定してるわけではありません。ただ、仏教の第一段階に留まってるとしています。それはそれで正しいが、本当はその先があるのにそれで十分と教えを読み違えているという批判なのです。

ブッダの教えから自己の改革を小乗は読み取ります。それ自体は正しい。大乗でも同じようにその考え方は重視しますし、違いなどありません。

ですが、世の救済をスッパリ小乗では切り捨ててしまいます。それが大乗ではブッダの教えを矮小化しているとするのです。


諸法無我や空の理論は初期経典に既に見られるものです。自と他、己と世界の同一をそこから読み取ります。

それを踏まえれば、己だけ単体で独立しているものではないのですから、己だけがどうこうやって悟るだのなんだのはナンセンス。世の中を救うという視点はすなわち己の悟りの道であるとなるわけです。

この世を救ってこその仏なのです。

事実ブッダは悟ったとたんに広く伝道の道を選び、誰でも彼でも広く救おうとしておりますが、諸行無常、諸法無我を踏まえればそれが当然だからなのです。


つまり、個々が欲を無くす己の改革を上座部では説きます。それは大乗でも同じ。

しかし人は単体で存在しているものではなく、縁起の結果としてある。であれば、己の改革はまず最初の段階として重要でありましょうが、私個人の内面で納まるはなしではない。そういう教えが大乗なのです。

ですから、大乗教学では小乗の教えは初歩の段階として考えます。(まちがいではないが、その先がまだある)



「多仏思想」というものも、理解が浅い。

過去仏、未来仏という具体的説話が提唱されるのはジャータカであろうけど、これはそもそもそれ以前からのブッダ自身が繰り返し述べる己の神格化否定の話しに起源を持つ考え方です。

上座部ではブッダは1名、ブッダにはなりえないと考えますが、ブッダが法を生んだのでなく、法はもとからずっとあり、ブッダはそれを見抜き目覚めたにすぎないという考え方からすれば、多仏説こそが本来のブッダの思想というべきでしょう。

過去仏だの未来仏だのの小話という矮小化した話しではなく、これはブッダ神格論と、ブッダ相対論というはなしで、どちらが根本の教えかと言えば、明らかに後者です。


「方便」というものを理解すべきです。

大乗経典のもろもろの菩薩は、全て方便であって、当時の人々が事実として説いたとは到底思えません。

偽経という批判は的外れです。単なる説を、方便を使って定番であった経典の形式で書かれたということ。こんなことは当時の人々からすればコンセンサス取れていた話しだと思います。

中国や日本でもそうでしょう。真言宗が来たときに、法相宗からそれらの由来のおかしさを批判されていますが、神々が説くような経典は方便という考え方は当然なのです。

このあたりを勘違いして上座部派のかたがたは批判されるように思います。


>それに提婆達多が釈尊に迫った五項目のひとつには肉食禁止があったが、これを盛んに称揚したのは上座部か? 大乗か?

>大乗仏教は原理主義・原点回帰どころか、経典を捏造してまで、釈尊の退けた肉食禁止を仏説に仕立て上げたのではないか。

>大乗経典の作者(の一部)が反仏教的な「バラモン僧的苦行主義」にいかにご執心だったか、という証拠である。>このわずか数行の文章において、これほどまでの自己矛盾に陥ってい


捏造という認識がそもそもおかしいです。

既に述べたように、スリランカ伝パーリ経典は大量に後世の記述が含まれます。

マウリヤ朝の話しとか思えない部分が非常に多いですから、恐らくアショカ王の行った国教策定の結集時の経典がベースとなっているのではないかと思います。


まずその南伝経典はブッダの教えを改組無く伝えた真の教えという思想を排除してください。

考古学的見地から言えば、明らかに多くの書き換え・挿入があります。成立年代はブッダ入滅後200年後のアショカ王の時代と考えられます。

あなたの理論で言えば、パーリ経典は「捏造」です。


肉食禁止は大乗経典で一部の経が説きだし当然のようになりますが、

必ずしも一部経典が説くから大乗では禁止という話しでもないでしょう。

中国僧の伝えるところによれば、大乗だけでなく各派兼学の道場があり、いろいろ学ぶ場があったようです。

それらからそれぞれ各種ニュアンスの違う経典が生まれてきたことは、インドのサンスクリット経典でも時代や地方でいろんな版があることからもわかります。

そういうのを説く派も出たということでしょう。

ですが、大乗仏教はそのようなブッダの思想の意味を肉を食わねばよいとか矮小化するものを否定するような経典も生むわけです。般若経をさらに発展させたような理趣経などでは悪と言われていることに拘るのではなく、もっと大きな視点を持てと、このような些細な戒律主義を否定するような思想が説かれます。

このように、大乗は上座部と違い、真のブッダの教えの本質を考え、議論するベクトルがあるので、修正論も出てくるわけです。

己の智慧を信じよと残して入滅したブッダの教えに忠実なのはどっちなのでしょうか?

教条主義に陥り、何処の誰が説いたかもはやわからない経典を鵜呑みにして考えないことは、むしろ破戒であるとさえ思います。


上座部ってみんなこんな理解なのだろうか?

これだったらやっぱり小乗だなあと私は思いますね。

教条主義に陥って歪なことになっている。ブッダの意思でなく、アショカ王時代に上座部の御用僧らがまとめた経典に盲信してしまっている。

ホンモノの経典だ!だから信じるのだ!では仏教じゃないですよ。それでは誰かがこれがホンモノと言ったらホイホイ付いていってしまう。危険な考え方です。

ブッダ直伝という伝承(あくまで自称です)を権威に思ってはいかんのです。

仏教徒らしい姿勢としては、アショカ王時代の高僧のバイアスが多く入ってるものとして、その前提で読み、己で考えることが必要なのではないでしょうか。


現代の大乗教徒は、ほとんどの人が大乗経典を歴代の僧侶の学説として読んでいると思います。

ですが、上座部教徒にはアショカ王治世時の纏めた経典でしかないものを絶対視して、己で考えるという仏教な重要なベクトルを忘れてしまって、グルイズムに堕してる人も居るような印象を受けます。(ajitaさんがそうだと言ってるんじゃないよ?念のため)

そういう権威に縋りたい心の弱い人を勘違いさせてしまうので、スリランカのパーリ経典はブッダ直伝のまま伝わってるなんて学術的には完全否定されてるような言説を吹聴するのはどうかと思います。

仏教徒の立場としては、大乗経典も部派経典も全て説として捉えて、あくまで己で考えて生きるという生き様が求められるのではないかと私は考えます。大乗教徒であれ上座部教徒であれ。

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