« ajitaさんにきっちり反論しておこう。 | トップページ | Ajitaさんにさらに反論しておこう。 »

2008年12月22日 (月)

『妙貞問答』『破破提宇子』

以前、中世のキリシタンのvs仏教、vs神道の布教の理論について、当時の文献読んだというはなしをしました。

感想はほぼ前回書きましたが、具体的に言うと、『妙貞問答』と『破破提宇子』のはなしです。


まず『妙貞問答』。

これはキリシタン協会の日本人イルマン(修道士)のハビアンが慶長10年(1605)に著した書物です。

彼は渇望されていた日本人イルマンとして相当優秀な人物であったらしく、外国の宣教師に日本語を教える役目を負ったり、キリスト教会の中で重要な役目を負います。

この書物の中では、仏教や神道を誤りであると徹底的に批判します。

彼はもともと仏教を学んでいたらしく、その論旨は鋭い。

また、恐らく各地で仏教の坊さんvs宣教師という論争や、村の仏教徒vs宣教師という問答は多くあったであろうし、イエズス会とは世界各国でやりあってきた宣教のスペシャリスト集団であり、彼らには仏教徒であったハビアンをも論破して改教させるだけの布教理論を持っていたはずです。

恐らくこの妙貞問答に見られる理論は、ハビアンの意見もあろうけど、イエズス会の布教理論が多く入っているのではないかと思います。


読めば、さすがはイエズス会!布教のスペシャリスト集団だけある!と感心するほどです。

前も書きましたが、簡略に言えば、この世がこのように複雑精緻にできていることを仏教などでは偶然にできたかのように言うが、そんなわけはなかろうと。

ちょっとした小屋があったとして、それを大工が作ったことは自明。偶然に風が吹いて小屋が建つなどと言ったら誰もが失笑するだろう。

であれば、それより遥かに精緻なこの世が自然に成るはずがないのである。毎日同じように月が空に浮かび、巡回し、そのようなことが偶然に起こるものか。神の意思の存在無しにこの世がこうあるわけがない。

…ってような理論です。

現代の自然科学なら反論も可能でしょうが、中世の人々にこの論旨は非常に強力であったろうと推察されます。

また、仏教、神道、キリスト教のそれぞれの物事の捉え方について、特色と差異が良く分かるという点で大変興味深かったです。


『妙貞問答』は上中下巻があり、上巻が仏教批判、中感が神道批判、下巻がまとめという体裁になっておりますが、

現存するのは中下のみです。まあ下巻に仏教神道両方批判する理論が改めて収録されているようですので、下巻で大体の論旨は理解できるとは思いますが、上巻が紛失というのは勿体無い。

今後どっかからひょっこり写本出てくることに期待したいです。


一方『破提宇子』は一転して、キリスト教=提宇子(だいうす)教を徹底的に批判する書物。

同じくハビアンによる著。

彼はキリスト教会で重要な地位を占めたのち、キリスト教は誤りと考え再び棄教。今度は同じように厳しく提宇子教の筋が通らない点を逐一挙げて攻撃します。


棄教理由は諸説あり謎ですが、外国人の日本人への蔑視感や内部で冷遇されたなどの教団の人間関係という説もあります。当時、宣教師が南蛮の植民地政策の尖兵という見方が(いや、鋭い視点なのだが)既に出てきておりましたので、外国人宣教師の日本人蔑視を見抜き、提宇子教は単なる日本進出の方便と見抜いたのかもしれません。


破提宇子内には、伴天連は日本人を人とも思わず高慢で、日本人との間に暖かい交わりはありえないなどあります。また自国の文化を押し付けてそれを発端に他国を侵略していっているということも触れています。

ここから察するに、外国人の伴天連の高慢な態度と自身の扱いに対立を深めていったのかな?という匂いはします。

それと、アジアの各国を侵略していく南蛮諸国の話が現実のものとしてハビアンも知り、世間で盛り上がりつつあったイエズス会侵略者論に同調したということではないでしょうか。


ともあれ理由は謎ですが彼は棄教します。そしてハビアンはやはり馬鹿ではない。『破提宇子』にはキリスト教の教えに厳しい指摘もいくつか突きつけており、興味深い。

例えば…


全てお見通しの全知全能の神と言いつつ、ルシフェルとその仲間を地獄に落とすのはどういうことか?全てを知るというのなら天使がすぐに罪に落ちるということを知っていなければならない。知らなかったというのならば全てを知るというのは嘘である。また、知りながら彼らを作ったのならば無慈悲なことである。

万物の霊長として作った人間アダムとイブがルシフェルにそそのかされて禁断の実を食べ、天界を追放され、子々孫々に至るまで死苦病苦に苦しむというのも同様である。

諸神・諸仏が悪魔を降伏をしようとする姿とは大違いである。アダム・イブを守ろうともせず、本人のみならず子々孫々まで追いやるというのは理にかなったことなのか?

要するに提宇子の神はアダムの破戒することを知らないのか。知っているならば慈悲の観点に足ちアダムが罪に落ちないよう教えるべきではないのか。

とにかくキリスト教徒の説く作り話は不合理だらけである。(意訳)


…ってな感じ。こんなのが延々続く。

うまいこと言うなあ。全知全能と原罪を課すのは矛盾するという指摘はごもっとも。

現代人かつキリスト教徒でもない人からすれば、神話の類に整合性をどうこう言ってもしゃあないと思うけども、当時の人には十分説得力持ったのではないでしょうか。

日本人としては稀有な修道士にまでなった人物の言だけに、その後の時代に書かれた反耶蘇書の数々よりも傑出しているそうです。

そのため、江戸時代などでも印刷され広く読まれたもののようです。


禁教後は反論がもうありえないので仏教・神道vsキリスト教の論争はここで終わってしまうのですが、

ハビアンの批判にイエズス会ならどう反論するんだろう?など、気になるところです。

(きっとなんだかんだ言うと思う。イエズス会は世界各地で他宗教を説き伏せてきた布教のプロフェッショナル集団。そうそう簡単に引き下がるまい)


漢文と和訳と載ってる書籍で読んだのですが、きちんと直訳なので文体的には固いので読みにくいという人も多そう。

また、ポルトガル語が分かりにくい。ダイウスだのパライソだのデウスだのくらいまでならまだしも、「バウチズモ」とか文中に出てきまくっても普通分からないと思います。(bautismo=ポルトガル語で洗礼)

そんな長いものでもないので、もっと現代の文章っぽくさらっと読めるよう全文訳してみようかとかちょっと思いました。時間あるときにでもちびちびやってくので、いつになるか分からないですが。(やらないかも)

« ajitaさんにきっちり反論しておこう。 | トップページ | Ajitaさんにさらに反論しておこう。 »

宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1809125/48417521

この記事へのトラックバック一覧です: 『妙貞問答』『破破提宇子』:

« ajitaさんにきっちり反論しておこう。 | トップページ | Ajitaさんにさらに反論しておこう。 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック