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2009年1月31日 (土)

大阪DEEP案内が統国寺を取り上げた!

私が延々噛みついてる茶臼山の朝鮮総連の下部団体による朝鮮寺、統国寺のはなしを今年もします。

噛みついてる理由は簡単で、この寺は四天王寺とか出来た頃に聖徳太子が作った寺という由緒正しすぎる寺であり、江戸期には禅宗寺院として大阪府民の信仰を集めてきたお寺です。雲水寺と江戸期は呼ばれていました(正式名称は『邦福寺』)。

ところが、昭和44年に寺自体が、なぜか生駒朝鮮寺群に本拠を持つ在日宗教団体に乗っ取られてしまう。現在も生駒には元になった寺が存在します。

名前も統国寺(南北朝鮮を統一するという意味)と改名され、在日のための寺となる。ここを菩提寺としていた府民はのきなみ移転を余儀なくされる。

そして朝鮮総連(すなわち、北朝鮮、朝鮮労働党内組織)の下部組織(というより総連内組織)在日本朝鮮仏教徒協会の管轄のもと、反日政治活動などイベントを行うなど、拠点にしております。

彼ら宗教団体がもともと戦前から続く生駒朝鮮寺団体で、それが北に乗っ取られたのか、それともそれに偽装して在日界に食い込む方便として政治的意図で北朝鮮が戦後作った工作機関なのかは分かりませんが、現在は北朝鮮政府の意図の元運営されています。


また、乗っ取り以前の歴史は抹殺され、あたかも彼ら集団が遥か古来から存在する由緒ある団体かのように語って、民を惑わしています。

聖徳太子の寺は日本国民のものであり、日本仏教との宝です。個人の所有物ではありません。周囲のラブホ街もなぜか在日のかたがたが戦後全部所有してラブホ街に変えたものですが、それも含め、一体茶臼山のあの一体になにがあったのか?

話しによれば邦福寺(雲水寺)は戦前はあたりに広大な土地を所有してたといいます。なぜそれがこんなことになっているのか?

私はこれは絶対に許しがたいし、日本の仏教徒として、絶対に邦福寺を取り返さないといけないと思っております。

この地に無理なら別の場所にでも邦福寺を作って、聖徳太子以来の信仰と伝統を守るべきだと思います。

私は生駒朝鮮寺信仰を調べるのが趣味なので、修験道+朝鮮巫女祭祀の習合である朝鮮寺の信仰自体は好きですが(その過程でこれに気付いた)、統国寺のふざけた行いは絶対に認めるわけにはいきません。

なぜ朝鮮寺の信仰をするのに、我々の宗教を乗っ取る必要があるんです?逆に生駒朝鮮寺の信仰を他者が潰したら反発するでしょう。そういう無作法を彼らは行っている。

これを見てだんまりしてる在日社会に腫れ物触るような態度の大阪のみなさんは間違ってます。四天王寺参拝してるくらいならこの問題をまじめに考えるべきだ。日本仏教徒として私は声をあげたい。


過去の記事。


茶臼山雲水寺と朝鮮寺統国寺の謎(っていうか苦言)

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20080918/1221727400

在日本朝鮮仏教徒協会ってなんぞや?

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20080919/1221811415

朝鮮寺、統国寺の来歴について

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20080920/1221906195

ダイミ教より統国寺問題に注目して欲しい

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20081027/1225060701


私に財力やら政治力がありゃあ絶対なんとかしたいんですが、あいにく貧乏な若輩者なので、こうして声をあげることしかできないのが辛い。

しかしこれからも度々訴えていこうと思います。



で、そんなおり、大阪のアレなスポットを紹介する、大阪DEEP案内が、統国寺を紹介してくれた。

http://osakadeep.info/294.shtm


うちのサイトもちょっとだけリンクされており、「日本の朝鮮・大阪民国の戦後史を省みるとあながちあり得ない話ではないと思うのだが」とあるけど

あながちもなにも、ここは朝鮮寺ではそもそもない歴史を持っていて、彼らが生駒にあった新興の宗教団体でしかないというのは疑う余地のない事実です。

もっと聖徳太子由来の古寺で、それがなぜか昭和44年にいきなり生駒の宗教団体に乗っ取られてという来歴に触れて欲しかった。

今のように朝鮮朝鮮したものに寺じゅう覆いつくされてるのは実は最近になってのはなしなのです。

また、彼らの宗教も、伝統仏教のように言うのは間違いで、韓国の李氏朝鮮の仏教弾圧の中唯一生き延びた禅宗系の伝統仏教曹渓宗などとは全く無関係です。韓国土着の現世利益のシャーマニズムを日本を修験道風味にして生駒で生まれた信仰です。

300年前に焼けてなくなったとか、統国寺のウソ歴史をそのまま書かれると困ります。大阪の陣で焼けてすぐ再建されてますよ。乗っ取られるまで禅宗として思いっきり健在です。

普茶料理店があるのも黄檗禅のお寺のお膝元だからです。

聖徳太子が百済僧をまねいて開かせたという当事の官制の寺というだけで、あくまで最初からずっと日本人の寺です。唐招提寺を中国人の寺とか言うのと同じ理論です。

できればそのあたりの経緯をもっときっちり書いて欲しかったです。

(しかしまあ、ありがたい。もっとどんどん広く国中に広めたい。知らない人ほとんどだと思うので。聖徳太子信仰を持つ仏教徒も多いでしょうしなんらかの動きが起こればよいと思う。)


あそこは近年まで朝鮮寺なんかじゃ全くなく、日本の寺として信仰集めてたとこです。

戦前は料亭に見られるように、あの界隈は大人の社交界としてあったようです。この寺も大阪府民がよく菩提寺としてたようで、全く朝鮮寺ではないのです。

そういう歴史ある寺をあっという間にあんなふうに朝鮮風にし、政治的なものにしてしまった。

当事の大阪府民や四天王寺界隈は何してたんでしょうか。

阿倍野区民なのですぐ眼前にあるだけに、常々なんとかしなきゃとの思いにかられます。

「ムーブ!」とか「アンカー」とかネタにしたらいいのに!

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