« 道教の美術展など | トップページ | 高麗美術館で朝鮮仏教講座 »

2009年7月22日 (水)

シーサーとは何なのか?

沖縄の魔除けといえばシーサーです。

家の構造の変化で屋根にシーサー置けなくなったりで、最近では門柱の上などに移動する例が多いとかなんとかですが、シーサー自体は決して廃れていないようです。

あと沖縄では道の突き当たりに本来置く魔除け石、「石敢当」も盛んで、廃れるどことかなんだか近年どんどん復活してるらしいです。


シーサーの起源を考えるとき、この沖縄では全く別種の両者が実は関係しているのではないかという考え方があります。

「石敢当」ですが、沖縄と文化的交流があった福建や台湾方面には上に獅子頭を掘り込むものがあるのです。

獅子のおなかに「石敢当」の3字が刻まれているようなイメージです。

さらに沖縄では基本は壁埋め込み型ですが、中国には石柱型の石敢当もありまして、石柱の上に獅子頭という形式が存在するそうです。

古くは日本の民族学の先駆者・鳥居龍蔵の記録に雲南の石敢当が特殊で、石で虎を彫り、その胸部に石敢当と刻むという報告があります。しかもそれを屋根に置くという。(『人類学上より見たる西南支那』)

つまり、ガオーと立ったような姿で、腹に「石敢当」の3字の獅子だとか虎だとかの魔除けが大陸には存在するわけです。


ここでシーサーのはなしに繋げる前に、中国の魔除け文化かじってるひとなら分かるでしょうけど、このガオーと立って屋根に居る獣、「風獅爺」まんまですよね。

「風獅爺」というのは中国の魔除けで、ガオーと立って鎮座してる魔物みたいな像です。屋根の上に載せるタイプの風獅爺もあるようです。

柱状に立ってる魔除けの獅子像というのは、極めて風獅爺に近似している。

つまり獅子像+石敢当が風獅爺であるということです。


さらにシーサーってなんなんだ?と考えると、要するに風獅爺の琉球ナイズされたものなのでしょう。

ヤマトの狛犬文化と習合してるのかもしれないですが、基本的にあれは風獅爺そのものなのだと思います。

造形的には獅子ですが、使い方としては風獅爺です。


シーサーと風獅爺についての論考は、こちらの狛犬マニアのかたのサイトが詳しかったです。

http://homepage2.nifty.com/liondog/kuron/komazatu_04.htm

http://benkyobeya.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_eeb3.html

http://benkyobeya.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_e893.html


基本的に全く同意です。

シーサーが実はわりと新しい習俗であって、明治以後の狛犬の造形の影響をおおいに受けているという指摘は勉強になりました。


そもそも村の守り獅子としてのシーサーはもっと古いけど、屋根に置くシーサーはわりと近代のことと言われてるようです。

なぜかというと、茅葺の民家がほとんどで、瓦屋根でなかったから。

当時の瓦職人が中国・台湾の習俗をまねてはじめたのだろうと言われています。


そこで風獅爺でなく、シーサーを置いたというセンスはなにげに凄い。つまり既に村の守りとして設置されてきているシーサーがあっちの風獅爺と対応する存在であると理解してるってことですから。

さらに意図しているのか分かりませんが、阿・吽の2体にしたり明らかにヤマトの狛犬文化の要素も習合させていくというセンスもまた凄い。

上のサイトのかたも語っておられますが、狛犬が国家祭祀の仏教や神道の界隈で発展したものなのに対し、シーサーは民間信仰の界隈のものなわけです。それゆえのなんでも吸収する気概がより強いような気がしますね。

狛犬もいろいろ自由にやってますがやはり神社に設置するものですし、それに対して個人の家屋の守りであるシーサーは個人のセンスでそれ以上になんでもありな世界で今後も発展続けうる存在なのではないでしょうか。こうだから民間信仰はおもしろい。

« 道教の美術展など | トップページ | 高麗美術館で朝鮮仏教講座 »

民族」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1809125/48417574

この記事へのトラックバック一覧です: シーサーとは何なのか?:

« 道教の美術展など | トップページ | 高麗美術館で朝鮮仏教講座 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック