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2009年8月24日 (月)

龍王宮祝祭行って来ました

リバーサイドホテル大阪の会議室で行われた龍王宮祝祭というイベントに参加してまいりました。

主宰は大阪市立大学内の研究者です。

こりあんコミュニティ研究会&コリアンマイノリティ研究会という組織が主宰ですが、市大の都市研究プラザ内ということなので、そっち方面なのでしょう。

後援として大阪市立大学都市研究プラザとなっています。


今回の動きは、宗教学とか民俗学といった方面というより、都市研究とか、マイノリティ研究といった筋って雰囲気ですかね。

朝鮮寺研究の飯田先生とか講演されてますし、宗教社会学とかそっち方面の視座もあるにはあるのですが、宗教学とか民俗学といった分野はかなり影が薄く、あくまで桜ノ宮の朝鮮部落史といった意味での都市研究家の視座からに拠っていたように思います。少なくとも主宰はそう。

つまり、人権博物館に飾るべきものとして捉えるか、民族学博物館に飾るべきものとして捉えるか、という決定的な立ち位置の差があるように思うのです。


私も同じ文化財意義を認める立場ではありますが、よくよく見ると、その文化財としての意味はちょっと空気違うよな、というのを感じました。

私は土俗的な信仰文化にすら民俗学的意味があると考えます。マイノリティ文化という視野では捕らえていません。伝統宗教からこぼれた小集団の土俗的信仰文化は常にマイノリティです。朝鮮族とかなんとかは全く関係が無くそういうものです。

確かにその地の周囲に朝鮮部落があったという事実はあり、無関係とはいいませんが、この信仰文化自体は、消え行くマイナーな日本の土俗的祭りとかに価値を見出すのと、民俗学的には同列であるのです。

つまり東北のイタコ的宗教(消えゆきつつあります)という土俗的信仰文化に文化的価値を見るというのと基本的には同列なのです。彼らの習俗は朝鮮半島の祭祀と繋がりますが、ここは日本です。あくまで日本に残るマイナーな信仰文化として同列に価値を見出すのです。

変に朝鮮朝鮮と、朝鮮差別のマイノリティの拠り所という意味で保存を考えるのは、逆効果じゃないのかなあ(そういうのが好きな人は居るとは思いますが)。消え行く土俗的祭りや祭祀のような視点での保存のほうが、日本全国に残る数々のよくわからない祭祀の保存と同列ですから、一般には伝わりやすい気が、僕はします。




さて、リバーサイドホテル会議室での内容ですが、

まず大阪市立大学都市研究プラザ・准教授、こりあんコミュニティ研究会・運営委員長、つまりこの動きの最高責任者のかたから挨拶。在日のかたのようです。

府とかけあったり、最も実質動いている人物のようです。

決して民俗学や宗教学畑の人物ではないのかな?というのがざっと話聞いての感想です。

ですが、逆に私などの視点からはすっぽり抜けている、ここいらがそもそも川を使って運んだ砂利などの資材引き上げ要員として朝鮮人を登用したりして朝鮮部落ができていたという話や、かつて立ち退きについて80年代に府営住宅への斡旋を行ったなどという話など、在日生活史という視点からの龍王宮という話は聞けてよかったと思います。

龍王宮は一部は同時に朝鮮人部落にあった高田商店という廃品回収業者の業務地でもあるわけですが、高田商店は、従業員が1名住んでいたり実態があるそうなので、そこいらも行政と保証について考えねばならないそうです。

民俗学者はあくまで傍観者としての視点からしか見れないわけでして、ついつい祭文やら祭祀様式とかそういうものにばかり目が行き、その担ってる人々の生活者としての歴史が通りいっぺんの理解で終わってしまいがちです。ですので勉強になりました。


次に、今年急逝された龍王宮管理人の高田氏のお嬢さんからの御挨拶。っていうかこんな若いお嬢さんが龍王宮の現在の管理人なの!?とびっくりした。

これは負担大きすぎるだろう…龍王宮の信者の年配女性やシンバンの対応をしなきゃいけないんでしょ?できるのか?と大変そうすぎて心配になった。

このかた自体はきっちりした対応で利発そうなかたですが、宗教の現場ってもっとドロドロしてるもんだと思うんですよね。奇麗事で済まないこととかいろいろあると思うんです。

来年2月末までの運営ということですが、それでもそれまで管理をやるのでしょうから、大変そうだなあ。

あと来てくれたみなさんにペコペコお辞儀してて、うーん気ぃ使ってるなあ~と思った。いろいろきっとあると思うけど、頑張って欲しい。


つまりこういうことになっている。

初代:シンバン

2代目:清浦さん(このかたもシンバン)

3代目 高田さんの父(シンバンではない)

4代目 今年急逝された高田さん(シンバンではない)

5代目 高田さんのお嬢さん(シンバンではない)


3代目以降は貸し会場になっていくのだが、それゆえに利点も欠点もあったのでしょう。寺のようになっていかなかったとか、単なる経営者になってしまったという指摘ももっともだし、でもそれゆえに、山の寺の祭事の流れの中ですらも必要な海の儀礼という済州島的な部分を守ることができたという歴史的意義もあるのではないか。山の寺の祭祀ですら最期ここへ来て流すような祭事があるようですから。

これが無かったらもっと早くに朝鮮寺祭祀から海の儀礼は滅びて無くなっていた可能性もあるのではないでしょうか。

なお、高田氏は家族を龍王宮に近づけようとしなかったそうなので、恐らくお嬢さんはまったくの門外漢です。いきなり父親の急逝でこの界隈に関わることになったのではないでしょうか…ほんと大変そうです。





ご挨拶のあとはこのイベントの主催者側や研究者からその他いろいろ経緯とかなんとか説明があって、それからここでなぜかパクポーさんという歌手のかたのライブが。

「ええっ!!!?」というのがまず感想。イベントスケジュールでは歌とかあったんですが、これ野外でやるので、そっちでやるんだと思ってた。時間の関係かなんか知らんけどここで!?

だってここホテルですよ?? 打楽器ガンガン鳴らして「これ大丈夫なの…!?」とドキドキした。

なんでもやっぱりあとで怒られたらしいです。そりゃそうだよね。横やら上下の部屋に泊まってる人とか居たらたまらんでしょ。(別にパクポーさんが悪いんじゃなくってね、運営側もそれくらいやる前に気づいてよかっただろう)

パクポーさんですが、自分の歌とともに朝鮮人の歌とかを場の空気に合わせて歌ってくれるわけです。「イムジン河」とか。

私はああ、映画『パッチギ』で歌ってた奴ね、くらいの知識しかないんですが、大勢集まった参加者(年配のかたも多い)は非常にノっておられた。

そういえば今回の参加者ですが、年代はわりとばらばらなんですが、在日1世世代というより2世以下かなーといったとこですね。主宰の研究者筋は日本人のかたもわりと居るんじゃないかとも思いますが、一般参加者という意味では在日のかたがほとんどだったようです。入り口で名乗って窓口のかたが予約名簿に○付けるわけですが、名前名乗っても「あ、イさんですね」と何度かやりとりがあり、「あ、日本人参加者ってやっぱ居ないんだ」と思いました。名簿の苗字は漢字1文字がずらっと並んでましたし。


朝鮮人少数民族文化!と民族民族ではやっぱ日本人には響かないのではないかなあ。

私はこれは在日文化であると同時に日本に住む日本人の文化遺産だと思います。日本には大阪桜ノ宮にはこんなおもしろい文化があるで!という視点こそが文化的意味訴えれると思うのです。なので朝鮮とか日本とかでない*日本にある*土俗的文化として、民俗的意味をもっと重視したほうがいいと思うのです。

(そもそも済州島の信仰文化・様式と、桜ノ宮の信仰文化・様式は完全にイコールではそもそも無いのですから。あくまでここ日本、そこの在日の1世世代が日本の信仰文化とも関係しつつ作った新しい習俗と考えたほうが健全ではないだろうか)


さてライブが終わると、飯田先生の話や、在日2世世代の先生らによる母親聞き取りや、母親に連れられていった思い出などの話の講演です。

結局講演ってガチな朝鮮寺研究家というと飯田先生のみなんですね。他の先生は大学の先生などなんですが、別に宗教学専攻ではなく、肩書き関係無く単純に記憶語りという立場です。その他、詩人の金時鐘さんというかたの済州島信仰の思い出。僕は全く知らない人なんですが、在日界ではわりと有名なかたみたいです。


飯田先生の話。わりとドライです。飯田先生言うに、飯田先生は朝鮮寺研究は山の研究を中心にしてたようで、生駒山系の寺ばかり、龍王宮はほとんど深くやってないとのこと。

これは正直戦前の在日が済州島系がほとんどであった事実と合わせると、正直片手落ちであろうと私は思います。

済州島の信仰で顕著なものとして蛇神信仰というものが戦前の研究などでもつとに指摘されており、海で行う祭祀も重要なものがあります。ここも龍王宮とありますが蛇の王という意味での龍であり、蛇神を祀る祭祀施設です。まさに済州島的な施設なのです。

これの意義を深めないと、朝鮮半島というより*在日*の信仰文化である朝鮮寺というものを短絡化してしまうと思います。

朝鮮寺は今でこそ担い手が代替わりして済州系でないかたのやってる寺も多くありますが、寺の仏像や儀式の祭神を見ても分かるように朝鮮半島の祭祀そのままでは本来ありえないわけです。そのちょっと違う部分を探るとき、弾圧逃れの密教との習合だけでなく、済州島であるという部分は重要な部分ではないかと考えます。


飯田先生はかなり龍王宮についてはドライですね。「既に役割は終わったでしょ」という立場。

なんか他のかたも総じて「昔はもっと頻繁にクッを行っていたが、今では祭祀は週2.3回にまで減った。役割は終わった」ということを口々に言う。

けど、それって十分多くないか? 週に2,3も今でもこの土俗的信仰が連綿と続いているというのは、役割ぜんぜん終わってないじゃんというのが私の感覚。これは感覚なので人それぞれでしょうけど。

月1回あるかないかとかならもう終わった信仰文化という過去のものという見解も妥当かと思いますが、週2,3回使われてるのでしょう?実態がよくわからないまま言ってるので断言はできませんが、話しに聞く限りは現在進行形のものに思えます。

毎日使われてた日々を知る人からすればそういう感覚なのでしょうけど、傍から見るとそれは十分信仰として保たれてるのでは。


あと飯田先生のお話ではいくつかおもしろい話が聞けた。

龍王宮のような海の祭祀を和歌山の箱作海岸でも行われているという。幸楽センターという民宿で行われるそうです。そのたトキワセンターという民宿もあるんだって!

ムキュウセイドウ教という新宗教団体の名乗りをしているそうな。

(朝鮮寺祭祀についても、土俗的なものとして続けるべきか、宗教法人化するべきかという問題はつきまとっていると思う。そしてその場合、これが韓国仏教や、修験道、儒教、さらに朝鮮半島本土と済州島、それら習合の元にあるということは問題を複雑にするだろう。現在生駒では既に真言系の習合仏教として宗教化しているところもあるわけですが、一方戦後民団・総連との絡みもあって純粋朝鮮仏教をかかげる曹渓宗などの進出もあり、また儒教祭祀を重視するむきもあるだろう。このあたりについてはまたいずれ考えをまとめたいと思う)


他、大川端でもクッ、舟送りの祭祀が行われているという話でした。

それもあって別に龍王宮無くてもいいじゃんというのがあるのかもしれないけど、

幸楽センターはムキュウセイドウ教?の施設なんだろうし、フラットな立場であらゆる朝鮮寺に開かれた龍王宮という場は代替できるもんなんだろうか?位置的にもこれは和歌山だし、大阪市内に必要無いのだろうか。無くなって朝鮮寺文化から済州島要素は消えずに残りえるのだろうか。

龍王宮無くなっても川べりでやるでしょ!という意見もあるのだけど、済州島の祭祀を記録したような本を読むと、山の祭祀を行ったあと、海辺で龍王祭祀を行うのです。ちょっと祝詞的なものあげるだけなら建物要らないだろうけど、泊り込みのような祭事を行う必要があるのであれば、無くなっても川べりで済むというわけにはいかないのではないだろうか…

龍王宮潰したあと更地にするとか公園にするとか想像があるけど、私の予想は取り壊して、柵で覆って進入禁止にするってのが行政が一番やりそうなことなわけです。大川管理事務局なんて事務所を立てるなんかやりそうだなあ。そんで囲って進入を監視とか。

ゆとりみどり振興局の毎度のやり口を見てると、みなさんの見通しは甘いんじゃないかと思います。


さて次は、在日二世の大学講師のかたがたによる記憶語り。主に母親に聞き取った話とか、実際にお供に連れていかれた記憶など、リアルな話です。

「すげー嫌で勘弁してくれという感覚だった」、「これを神格化するのはわかんない」って意見は、非常に新鮮かつ重いと思う。

二世世代など日本人化進んでいた人々のあいだでは、これらはオカンが変なマジナイ師に傾倒しとるくらいの印象なのでしょう。これは日本だけのはなしでなく実際朝鮮半島でもそういうもんとして若い世代では支持されてないようですから、当然だと思います。

民族意識が足りない!とか言うのは筋違い。民族意識とかでなく単純に近代的思想の中で衰退していく文化という当然の話です。実際朝鮮半島ですらそうなのですから。

しかし朝鮮半島ではナショナリズムの高まりとともに、我が国の伝統宗教は巫覡祭祀である!!という意見を言い出す人も出ているようではありますが。(ナショナリズム的なものになってはいけないとも思う。あとで触れるけど、龍王宮保存運動がそういう歪なものになるのは注意しなければならない)

あと、今回のイベントについて一世世代の視座が不在、当事者の声が無いという意見ももっとも。実際出てきてくれないというのもあるのでしょうが、惜しいところです。

今回かつてよく通ってたような一世世代や、今も通ってるような人、シンバンなどといった人々の声が全く聞こえない。勝手に学者や民族主義的活動家がわーわー神格化して騒いでるっつーのは「さぶい」と私も思いますね。

そうはならないよう、実際を知る一世世代に聞き取れる今はもう最期も最期のタイミングなのですから、聞いていかねばならないと思います。

引退したシンバンなども居るはずですが、5年もしたら誰も居なくなるでしょう。民俗学的な意味からいえば当時の祭文や祭祀の流れを聞き取れる最期の機会です。

今のシンバンは招かれて戦後呼ばれたシンバンで済州島系でなかったりして、おそらく一世世代の祭祀とは違いがあるはず。この変化の流れを調べるには今はラストチャンス。今の朝鮮寺を調べてもわかんない話もあると思うわけです。


お次は詩人の金時鐘さんの話なんですが、基本お涙ちょうだいの酷い経験をした系の話に終始してしまい、龍王宮関係ないじゃん!ってのはあるのですが、いくつか私の興味分野として重要な話を聞けた。

日本に渡ってきてまずびっくりしたのが町にお寺があるということ。朝鮮半島では寺はみな破壊され、山奥にしかないもので、こんな町や村に人々の生活とともにあるということはないのだそうだ。

さらに山奥で細々やるしかなかった朝鮮半島の仏教寺院においてシャーマニズムと習合することは生き残りのため必要であったというはなし。

朝鮮半島仏教について調べたかぎりでは、巫覡との習合がそもそもあり、相当土俗的なもののようです。印度学仏教学研究のバックナンバーとか調べると、現世利益性が朝鮮仏教の特徴で、巫覡とも不可分に合体してしまっているというものがありましたが、そういうはなしなのでしょう。

ただし、その後仏教復興運動において、巫覡など土俗的なものは仏教ではないと分離運動(つまり排斥)が起こり、現在の曹渓宗でそのかぎりかというとそうでもない。

金さんの話ではこのあたりのくだりは、過去読んできた朝鮮仏教事情を補完する話として興味深く聞きました。





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まとめと今後の運動への懸念。

今回のイベントと、その賛同者名簿を見て、雰囲気からはちょっと懸念した。まだ大丈夫だけど、今後如何では危険な香りもある程度したのです。

というのは、民族運動家タイプのかたや団体が目を付けつつあることです。

2世の先生も指摘していた神格化の危険性というはなしです。(こういうかたも居て決してそうなっていないところが救いでもある)

例えば府との折衝でも、研究会のメンバーからは「例えば河川敷にある公園の一部として済州島を思わせる石垣や韓国風の開放的な東屋、川に面したスペースなど、行政と折衝して何かを代わりに作る、残すということもあるのかも思います」との意見があるそうだが、正直私からすると「なにそれ」であります。

そんな綺麗なものではないじゃないですか。龍王宮は汚いバラック小屋です。それを変に神格化して綺麗な立派な建物を作って民族意識を喜ばすってのは、民俗学的見地からの史料性を思う側からすると意味が無い。ありのままを保存することに意味があるのに、全く違うものを、しかも民族活動的なバイアスをかけて創造するなんてのは、学術的な話では全く無い。そんなもん意味無いですよ。だってその韓国風の立派な建物って、龍王宮とは似ても似つかない創作物だもの。

民俗文化として、民衆の側の自発的創作物として永年の積み重ねでああなったというとことが意味あるのであって、朝鮮族の自尊心のシンボル!として創作するようなものではないでしょう。そんなもん税金で作るべきものではない。

ありのままの、在日のおばちゃんらの素朴な習俗としてあるから文化的意味があるのであって、変な民族活動家の具にしてしまうのは違うのではないか。


賛同者の顔ぶれ見ると、お嬢さんをシンボルに過激なコリアン民族活動にいかないか心配なんです。そんなことやってしまったら活動家はそれでいいかもしれないけど、結局矢面になって風当たり強くなって批判されるのはあのお嬢さん一人なんです。小奇麗なおねーさんだからシンボルには使いやすそうだけど、それはやっちゃあいけないだろう。

また民族活動家がぜんぜん今まで龍王宮や朝鮮寺祭祀なんて知らなかったのに、急にこうなったら群がってくるというのも「さぶい」と思いません?龍王宮という便利な具を使ってるだけにしか見えない。それは実際に龍王宮を担ってきた人々への愚弄だと思う。

龍王宮の文化的価値を宗教学や民俗学として認めるのはアリだと思うんですが、これを「民族の誇りだ!壊すな!残せ!」と急に騒ぎ出すのはおかしい。

朝鮮というよりもうこれ大阪の土俗信仰でしょう。そういう切り口のほうがもはや健全。変に民族主義ナショナリズム化するのは騒げて気持ちいいかもしれないけど、逆に日本人からはうざったい連中としか見られません。そんで結局叩かれるのは民族主義活動家でなくお嬢さん一人とか最悪な展開でしょ。そうなってはいけないと思う。

在日の間でもマイナーな単なるおばちゃんらの伝統行事ってのが実際妥当な評価であろうし、汚いバラック小屋でやってたまじない信仰というのが実際のところです。それを民俗学の立場はそれゆえに「尊い」とします。その民間信仰としての龍王宮が意味のあるものなのです。

韓国風の立派な建物建てて…なんてのはぜんぜん違うでしょ。それ龍王宮の民俗学的意味を全く誤解している。

移転するにしても、プレハブ小屋の貸し会場でいいんですよ。どっか借りて土俗的に続けばそのほうがよっぽど「らしい」。

変に民族運動化せず、このまま取り壊されて、どっか河辺で祭祀行われて、祠ができて…という流れでもできればそのほうが民俗的には健全なのかもしれません。


大阪の朝鮮寺祭祀においては、シンバンの行う儀式こそが重要で、正直、寺や場所の荘厳は二の次じゃないですか。それをなんも分かってない民族主義活動家がわーわー騒いで、立派でカッコイイ韓国風寺院作ってご満悦ってのはなんなのそれ…と民俗学的立場からは思います。

済州島祭祀の伝統から川べりの場が必要という必然性はありますから、どこか水に面した場に代替施設を作るという必要はあるのかとは思いますが、ここで信者でもない人が民族主義でいきなり出張ってきてこれまでの信仰文化もそこそこに韓国ナショナリズムを満足させるというのはあってはならないと思うのです。


コリアン活動家は元気がいいから、そういう方向に行きそうなんだよね…心配です。

別に府の金でなく自己資金でやるというなら御勝手にとしか言いようが無いですが、無茶な抗議運動みたいな毎度の流れになってしまうと、一人割り食うのはあの若いお嬢さんでしょうし、そのあたり考慮しないまま盛り上るのは無責任です。(運動やってくれるのにダメとは言えないでしょし、これらは運動側が自発的に考慮する問題です)

もっと民俗学とか宗教学の筋が出張ってこないと、このまま民族活動家方面に流れていくとおかしな話になっていきますよ、これ。

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