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2009年12月11日 (金)

首無地蔵信仰は世界に通用するのか?

首無地蔵信仰ってのは、近年に夢の霊示で首無し地蔵が発掘された!祀ったら霊験があった!という民間信仰です。

これが「ワシも参ったらこんなええことがあった!」「わしもじゃ!」「わしもじゃ!」と盛り上がってしまい、新たな名所になったという民俗学とかそういうの分野で民俗神の誕生の事例としてわりと有名なものみたいです。

こういう分野研究してる学者さんの論文でよく取り上げられる顕著な例のひとつなわけですね。


で、その首無地蔵の公式サイトがあることを知りいろいろ衝撃を受けた。


備後府中 首無地蔵菩薩

http://www.fuchu.or.jp/~jizo/


その手の民俗学分野、宗教学の研究で取り上げられた事例などたくさん載ってたりもするんですが、英語、中国語、ベトナム語、韓国語といった多言語で配信してたり、ベトナム人集団が来日参拝に来たりとか、なんだかワールドワイドにさらに広がってることに衝撃を受けた。

単に家で祀るとかそういうレベルのもので本来あろうものが、周囲で話題になり、しまいにTVまでおもしろおかしく取り上げて、全国にご利益あると信仰が波及して…ってのは想定の範囲内だったんですが、普通こういうのってその後ブーム過ぎて落ち着いて地味な存在になると思うんですが、さらに進んで海外からの帰依まで受けてることにビックリしたのです。

地蔵菩薩信仰ってベトナムとか中国圏とか無いでしょ?地蔵というより地獄の閻魔さん信仰、つまり十王信仰にいってしまって(地蔵=閻魔王という思想がある)、地蔵菩薩として愛でる伝統って日本的だと思うんですよね。

しかも路傍に立つ石の僧形像の「おじぞうさん」なんて日本文化丸出しじゃないですか。塞の神、道祖神といった路傍の神さんの伝統と集合した存在で、海外に響くとは到底思えないわけです。

それが文化的バックボーンなんて無視で「験がある」という噂だけで海外に広まってしまうというのはビックリだなと思った。


参拝者の得た霊験を募集しててそれをきちんとまとめて公開するというプロセスを取ってきた結果、どんどん話題が話題を呼び

ここまで拡大したようですが、それがインターネット化されさらに進展しているわけです。

なんだか凄いことになってるな、と飽きれるやらなんやら。


なお公式サイトは、民俗学・宗教学の分野で取り上げられた論文などもたくさん紹介されており、そういうの好きな人もおもしろいと思う

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