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2010年3月24日 (水)

仏像ガールさんの「勉強は要らない」は危なっかしい

仏像ガールを名乗って仏像ブームのエバンジェリストをやってらっしゃるかたが要るじゃないですか?(「仏像ガール」を商標登録したらしい)

TVなんかでお見かけするたんびに、言動に「え~それマズいよ~」と思うのであります。


何が?っていうと、その毎度毎度TV通しておもいっきり断言しちゃう「勉強は要らないんです!」、「仏像を見るのに何も知識はいらないんです!」という、知識を踏まえることを否定するような言動。

ご本人はそんなつもりで言ってるのではないのだろうなとも思うのですが、これアホな人勘違いしますよ。

ハンサムぅ~!とか変な頭~!でいいみたいな勘違いが出てくるわけです。

それでいいんです!そういうもんなんです!…と聞こえるような短絡的な言動を繰り返し繰り返しメディア通しておっしゃるのですが、仏像はこれ宗教的なものなわけです。信仰に属するものなわけです。当然それぞれ深く信仰している宗教人が要るモノなわけです。これを理解せずともよい!なんて部外者が言うのは不遜でしょう。


ご本人は当然分かってるでしょうし、深く信仰している人々に失礼な態度は取らないかとは思います。しかしあの言動真に受けた素人の中には絶対失礼な参拝をする人間が出てきますよ。非常に心配。危なっかしい言動してるなあと毎度思います。


先ほど、NHK BS-11『45日間奈良時代一周』の3月24日分放送はテーマが「仏」で、仏像ガールさんが出ててレクチャーしてたんですが、またしてもいつものノリで、何も知らなくていい!勉強は不要!を連呼で、あらら~と思いました。

http://www.nhk.or.jp/nara-jidai/


このあいだ半分ほど批判的な趣旨で取り上げた丸の内はんにゃ会の話しも同じはなしですね。

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20100318/1268876116

この丸の内OLのサークルは、ライトなノリでそれはいいんですが、あまりにも予備知識全く学ばぬままに観光気分でそういう対象では無いところに出向いて、失礼な言動してるように私には思えます。

あの身延山の100日荒行で修法師を目指す僧侶らのところに、OLがきゃぴきゃぴ行って、観光気分でアホっぽい質問に終始するわけです。アカギレだのなんだのでボロボロな身内心配して、面会に来てるご家族もいらっしゃるでしょうに、横でこれじゃあさすがに失礼ですよ。「なんやねんアイツら!」って話しになるは必然でしょう。

なんでこんなことが起こるのかといえば、「予備知識が無いから」です。最低限の、そこがどういう場なのか?ということを自分らで自習したうえで訪れていたら、こんなことにはなっていないでしょう。

自分なりに自習しようとしたが知識がそこまでってのは仕方無い話しですが、ぜんぜん学ぼうとせずみたいな態度でちょっと調べれば分かるような予備知識も無しにガチな信仰の場に出向いてはしゃぐってのはどうかと思います。


仏像もそう。大きな観光寺ならもうバカなツアー客とかうじゃうじゃで目立たないかもしれませんが、寺ってのは仏教の信仰の場なのです。ちゃんとマジメに信仰してらっしゃるかたがたの真摯な場でもあるのです。そこに行く以上、「学ぼう」という姿勢は当然ではないでしょうか。

少なくとも、厳粛な信仰の場であり、信仰の対象ということは踏まえて、信仰者の邪魔にならぬよう、敬意を払う必要があります。

その態度が、仏像ガールさんの提言する仏像鑑賞法には抜け落ちており、アホがトラブルの元になる原因になりゃせんかと、非常に心配なのです。

もっと真摯な信仰の場で、マジメに信仰に打ち込んでおられる僧侶や在家が居るのである、そこにちょいと部外者の我々が邪魔にならぬよう参拝させていただいているのである、というような謙虚さを教えないといけないのではなかろうか。

篤信徒がマジメに信仰してる横で勝手に、「こんなのは信仰とか教学とか難しいこといらんねん!単に見て楽しめばええねん!」と大声で叫んでるように見えてしゃーない。それは信者に失礼だと私は思います。


仏像鑑賞が趣味なら、出家在家問わず、いろいろガチな信仰者が参拝してるのを見かけることあると思うんですよね。そういう人も居ると分かってたら、なかなかそんなことただの仏像ファンの立場では言えないと思うのですが…。少なくとも私は言えない。


それに仏像って、教えを表したものです。

手が1000本だの顔がいっぱいだのあんな人間居るわけ無いですが、あれは象徴主義芸術とも言うべきで、経典の説く境地を図像として表現して説いているものです。そこに勉強は要らないなんてありえないですよ。

「とっかかりとしては」などの但し書きが最初に付くならそれもアリでしょうが、仏像ガールさんの「勉強なんか要りません!」はそうでなく取られます。


仏教の知識無しに仏像の意味なんて理解できないわけです。

それを要らないってのは、コーランを「内容なんか理解しないでいいんです!このコーランの書籍の表紙の装飾を楽しめばいいんです!これがコーランを理解したってことでいいんです!」みたいな話しです。(ちなみにイスラムの書籍装飾というのは美術としては1分野となってる凝ったものです)

これはイスラム教徒に失礼このうえない意見ですが、彼女の意見は仏教徒に対して同じことを言ってるのだと自覚すべきではなかろうか。


「仏像は教えをビジュアルとして表現したもので、真の意味合いを理解するならきちんと仏教を勉強すべきだが、最初は見た目の印象で好き嫌いなんかでいいんです。仏縁はそこからはじまるものです。」

…ってならいいんです。別に知識が無いことが責められるべきではない。しかし知識が無いことを当然と胸を張ってしまうのは違うでしょう。

こんなことじゃああのノリで地方の篤信徒に支えられたような仏像参拝に行って、いろいろ信仰者との間にトラブル起こす馬鹿者が続出してしまいかねないです。

このように無勉強で望むなら、「無知で、信仰心も無い部外者ですが、信者さんに混じって見せていただきます。ありがとう」という謙虚さは必要だと思う。そこを「これでいいんだ!」と開き直って信者の中に分け入ったら、そりゃ失礼ってはなし。「おじゃましまんにゃわ」という部外者なりの心構えが必要でしょう。


仏像ガールさんの広めてる仏像ブームはこのようにいろいろ問題を感じます。

丸の内はんにゃ会のノリもそうですが、部外者なりの謙虚さが足りないと思います。

その点、みうらじゅんとか、サブカルノリであえてやってますが、あの人ガチで勉強してるじゃないですか。それにガチな信仰の場の「濃さ」もよく理解してて、信者への配慮が感じられます。自分はお邪魔してる部外者、つーアウトサイドの人間であることを自覚した上で参拝してる。あくまでサブカルと自認してるのです。

それが昨今の仏像ブームのゆるいブームは、そのサブカル的な視座にもかかわらず、我が物顔で自分らこそがそこにおけるメインカルチャーみたいに振舞うから不遜なわけです。

そこはガチな信仰の場なんです。それが理解できてたら、自分らがサブであるのは理解できるでしょう。信仰心も薄く、単に美術鑑賞的に行くなら、そういう態度で臨まないといけないと思います。

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