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2010年3月29日 (月)

『両面の鬼神—飛騨の宿儺伝承の謎』

日本書紀に出てくる天皇に仇なす異形の魔人・両面宿儺(りょうめんすくな)。抵抗する先住民の比喩とかいろいろ言われますが、神話的な存在です。

両面宿儺はその名の通り、顔が2面あり手足が人の2倍本数あります。頭の前後両面に顔があり、足も腕も両側にあります。そしてとてつもなく俊敏に動き、朝廷を悩ませます。

この手のオニ退治伝説的な魔人伝承は、いっぱい類型が残りますが、その中でも両面宿儺の異形っぷりは突出していてなかなかショッキングな存在です。


さらに両面宿儺は現在では実は仏なのだ!と信仰され、飛騨では像を祀る寺や、伝承の残る場がいろいろあります。

これは修験者を中心に、多面多臂という仏像や明王像の造形とある意味に通っていますから、「実は仏が姿を変えて理由あって現れたのだ」となるわけです。そういう信仰が盛んになったのはせいぜい17世紀頃であろうというのが定説。

荒ぶる異形の山の神というのは、いかにも修験者が信仰しそうですし、ここはあまり異論無いところかと思います。


しかしそもそも両面宿儺って何なの??という話し。

これについていろいろ古今東西の説をまとめたような本が出てたので読みました。

両面の鬼神—飛騨の宿儺伝承の謎

両面の鬼神—飛騨の宿儺伝承の謎


この本ではまず、今までの過去の人々が発表したいろいろな両面宿儺の正体説を、著書並べてズラリと列記する。

いろんな説があるもんだなあ、と両面宿儺について無知だったのでおもしろかったです。

さらに、著者独自の各種文献を当たっての研究と、そこからの独自の説を掲載する。


和歌山の古墳で発見された謎の双頭埴輪。両面宿儺と同じく顔が表と裏にあります。

岐阜高山の善久寺の両面宿儺菩薩像というのがあるのですが、前面は穏やかな顔。裏面は目を釣りあがらせた怒りの形相。

この和歌山の双頭埴輪もまた、前面は穏やかな顔、そして裏面は目が釣りあがった明らかに怒りの面になっているのです。

この一見無関係な両者が、実は通じているのではないか?という話し。

実は和歌山の古墳成立時期と、実際に日本書紀に両面宿儺伝説が書かれた時代はほぼ同時期であり、両地に同じように鉄を介した同様の渡来人の足跡がある。著者はワニ氏というキーワードから思索を進めていく。

両面宿儺と両面埴輪、両者は起源を一にするものなのではないか?両面埴輪は両面宿儺なのではないか?という説。

(関係無いけど、この前後両面に顔が付いた神像というのは、スラブ民族の異教時代の神像がそんなですね。全く関係無いと思うけど思い出したので書く)

さらに、中国に似たような造形で似たような話の妖怪変化伝説があるという話し。

これが渡来系の人を通じて移入されたものではないのか?という指摘。


あとおもしろかったのが、善久寺の両面宿儺菩薩像はあれは韋駄天であるという指摘。

飛騨の修験道において両面宿儺が神仏であると神格化されてからの像ですが、韋駄天と習合しているという説。

写真が載っていますが、私もこの指摘全く正しいと思います。韋駄天像の造形をしている。その上で両面にして腕を増やしてる。

禅宗寺院であるというのもそれを裏付けると思います。

禅宗の仏像はマイナーなニッチジャンルで人気無いんで知らない人多いと思いますけど、鎌倉時代とか宋代の禅宗がバンバン伝わって盛んにいろいろな寺や仏像が作られますが、同時に仏像や仏師が渡来していまして、しばしば道教神が脇侍として置かれます。

宋代の中国禅宗寺院の伝統がそのまま移入されたものでしょう。

そして、韋駄天、これよくあるんですよ。その韋駄天像に非常に両面宿儺像そっくりなんです。

著者は、日本書紀に両面宿儺の特徴として非常に俊敏などの特徴が載っていて、それらが韋駄天の要素と似ているので、韋駄天と習合したのではないかといいます。

要は、両面宿儺の本地は韋駄天!という習合思想です。

著者はこの本で述べる自説については変なオカルト本みたいに断言したりせず、あくまで1つの説として、こんなもん想像で思索めぐらすことしかできんのやからーと全編謙虚に自説を述べますが、

この善久寺像の韋駄天習合説はほぼ間違い無いんじゃないですかね。

ただ、これが善久寺像を作った仏師やその周囲の人間だけの発想なのか、飛騨修験道で広く知られたようなわりかしメジャーな本地思想なのか、そこらへんは触れていず、今後資料が出てくると面白いと思います。


最後に、円空作の両面宿儺像とされる仏像が残っている。円空が飛騨を訪れた際に彫ったものとされる。

この像は両面宿儺を彫ったものではない!との指摘もあるのですが、確かに極端にディフォルメされてるので二面の顔はメインの頭の横ににゅっとあるし、常識的な両面宿儺の造形ではない。

…が、裏面の墨書きやその他細かい描写から、円空が明らかに両面宿儺伝承を知ったうえでそれを踏まえて彫っていることを明らかにする。つまり円空独特の抽象表現なわけです。

この像について、ほんとに両面宿儺かぎも~ん、つー議論をきっちり終わらせたという意味でなかなか注目の本だと思いました。

詳しい解説は本を実際読んでいただきたいが、まあまず両面宿儺で間違い無いでしょう。明らかに両面宿儺を円空は知ってて、それを踏まえています。


…というわけで、この本、両面宿儺論説としては集大成的な本ではなかろうか。

中国の伝承渡来説についてはあくまでひとつの説というだけに過ぎないですが、両面宿儺菩薩像の韋駄天習合とか、謎の円空仏の正体を解明とか、おもしろい発見が多く、なかなか楽しい本でした。

過去のいろんな人の両面宿儺論もまとめてくれてるので、両面宿儺入門としてもなかなかいいんじゃないでしょか。

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