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2010年7月11日 (日)

蓮花寺佛教研究所紀要第二号

電子版が公開されてたのでPDFをざっと見たけど、どれもおもしろいっすね。

http://renbutsuken.org/wp/?p=1071

この手の大学とか研究所の紀要って、ときどき国立民族学博物館とか行ったときに付属図書館でざっと読んだりしてるんですが、なかなか一般人には読む機会が無いのでPDFはありがたいです。


中国仏教に於ける経済 –百丈懐海が転換したもの– 遠藤純一郎

中国仏教における経済の祖形について 遠藤祐介

『大日経』サークルの成立与件 山本匠一郎

日光開山・沙門勝道の人物像 小林崇仁

華厳教学と密教 –入唐家の顕密教判の視点から– 遠藤純一郎

初期の龍樹伝  山野智恵


遠藤純一郎氏の2点が、ちょうど関心あった分野なので興味深く読みました。


中国仏教における経済。話題の中心は禅における自給自足の発想の誕生。本来仏教教団では農業は劣った生き方とされてきた。僧侶が農業やるなんて!というはなし。そこを自ら耕し自ら食い扶持を得るという生き方を説くわけです。

当然初期には反発もあったのでしょうが、そのあたりを百丈懐海の言などから考察する。

結局、「なにごとも心がけしだい」という意見なわけです。戒というのは農業がいかんとかそういう表層的なはなしではなく、どういう心でそれをやるかという、あくまで仏教は心の働きであるというのである。

詳しくはPDFをご覧ください。


仏教とカネのはなしは、現代日本仏教でも問題となるところです。この現代日本で布施で食うべきなのか?という話。

個人的に思うに、布施が成り立つのは布施の文化がある地のみなのではなかろうか。中国に伝わった仏教が僧侶の労働を修行の一環として取り入れ、布施の文化から脱したのは、脱したというより中国の風土では布施は成り立たないというのがあるのではないかと思う。

そもそもインドにおける布施の文化というものは、バラモン教の伝統文化として、バラモンに布施をする文化があったことに由来するわけです。もっと言うと、バラモンに布施をしないと輪廻の苦から逃れられない。

日本でも、中世においてすら布施文化が根付いたとは言いがたいように思う。インドの僧院では、食事を作るのも持ってくるのも在家で、僧はその手のことは一切しない。しちゃいけない。ですが、そこまでする在家は日本では稀有でしょう。

日本における仏教は、貴族や国家による寄進で成り立ってる要素が強かったように思う。中国でも仏教奉じる政権の時代にはそうでした。(ただし中国はたびたび仏教に冷たい政権になるので、自給自足で山に篭るような仏教が作られる)

そして、現代のこの政教分離で貴族も居ないこの時代、布施の文化も無いこの日本で、奇矯な人による寄付で全てやってくというのは難しいと思います。

全ての僧は働き食い扶持を稼ぎながら仏道にはげむというのも、好ましいのではないか。「月命日やらにゃあかんでー(祟るとか、故人が成仏できんというような半ば脅し)」とか、バカ高い墓地経営で食ってくとか歪な構造よりよっぽどまともじゃあないか。

それは在家だという人もいるかもしれないが、百丈懐海のいうように、それは心のありようこそが問題なのかもしれない。


もうひとつは密教と華厳の関係。密教には明らかに華厳と通じる要素があるように思います。密教の大日如来と華厳の毘盧舎那仏が同じことを表したものというのは有名です。

この関係性とそれについての過去の僧のそれぞれの考えについて。

空海は、密教と顕教を明確に分け、密教とそれ以外をばっさり分けます。ただし元来持つ華厳の香りはちらほら。

円仁は、華厳、法華等を密教の範疇に入れる解釈をします。

そして円珍。円珍は天台法華教学のバイアスがあるので、法華と密教の合体を思考します。法華は密教に含まれます。そこで円仁時点では入ってた華厳は、密教から外されます。


華厳と密教の話からはいっていくのですが、天台密教の特殊な組み合わせが如実に分かって面白いですね。

本来華厳と密教を合体させて思想を作るってのはまだ分かると思います。しかし円珍は、密教と法華という遠く離れたものを合体させるわけで、台密のオリジナリティを感じます。

日本天台宗の何でも飲み込んでいくカオス性は、極めて日本的で興味深いですね。

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