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2011年2月 8日 (火)

四天王寺新春名宝展

節分に四天王寺の近く通ったので寄ってみたらば、節分の厄除けとかの護摩を六時堂でやってました。

普段は元三大師堂で毎月3日に元三大師会があり、そこで護摩供をやってますが、この日は特別に場を変えて特別な修法をするそうです。

節分のは、「節分星まつり」という行事で、六時堂にて「堂内に不動明王を祀り護摩壇を設け炎の中に護摩木を投じ、除災招福・諸願成就を祈るご祈祷が行われます」とのこと。

読むお経とか、本尊とか違うのかな?


節分厄除けは、現在、神社でも寺でもやってて、神社はお祓い、寺は護摩ってのが普通です。

昨年は厄除けで有名なあびこ観音に行きましたが、あそこは大峯山の修験道の山伏がやってきて護摩をやるというのが流儀でしたが、四天王寺のは普通の格好のお坊さんでした。つまり護摩ってことは密教でしょうが、四天王寺ですから伝統的に天台の影響強いので、台密の流儀の護摩供なのかなと。

(とはいえ四天王寺は、各宗派の宗租縁の地でもあり、弘法大師のイベントもありゃいろいろな宗派の要素もあるのですが)


最近、「厄除け行きたいんやけど、どこがいいですか?」と聞かれて調べてたんですが、いろいろあってどれがいいとかわかんないですね。

山伏にエイヤっ!とやられるのも迫力あるし、密教の護摩がいいってひとも、神社のお祓いがいいってひともあるでしょう。また日蓮宗では木剣やら使って独自のやりかたあるんじゃないですかね。




さて、そんなわけで厄除け相談があったんで、どんなんやってんやろ?とついでに寄ったわけですが、ちょうど宝物館で新春名宝展というのをやっていました。(1/1~2/6)

今年の特集展示は「四天王寺 彫刻の名宝」


四天王寺は何度も焼けてるし、堂宇もコンクリート製が今や多いですが(古いのもあります。誤解してる人多いけど)、なんだかんだいってさすが歴史があるだけあって、仏像でもなんでもなかなか凄いものが残ってます。

舞楽面とかそういうのはようけ残ってるのは有名ですが、それだけではないです。


『別尊雑記』に記された「四天王寺式」といわれるものについての解説と違例が興味深かったです。

平安時代の如意輪観音半跏像が展示されていましたが、これは『別尊雑記』に記載される四天王寺本尊と同形式で、四天王寺本尊形式の最古の例だという。

恐らく本来の本尊の模造なのでしょう。


『別尊雑記』に記される四天王寺本尊形式の四天王像というのも興味深い。四天王寺っていうくらいだから、四天王は寺の由来にかかわり、ある意味ここでは本尊に匹敵する重要な存在です。

四天王が鬼(夜叉)を踏みつける図像は普通ですが、彼ら夜叉がみな刀の鞘を持って四天王に仕えてるわけです。


ググるとこちらのサイトにこのあたり詳しく載ってましたが、法隆寺の飛鳥時代の製作という現在最古の四天王像が公開されるということで写真が載ってますが、まさに『別尊雑記』四天王寺形式の、夜叉が鞘を持つタイプ。

ただし、現状では手はなにか持ってたようですが、鞘は外れており、往時とは形が変わってるようです。

http://bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_07_12.htm


日本の仏像における四天王造形のルーツが、この四天王寺式にあるといって過言ではなく、その後四天王の形式はいろいろ中国などからの流行を取り入れいろいろ変わりますが、この『別尊雑記』四天王寺式は非常に興味深いです。

(そういや、日本の仏像だっけかな?分冊百科のシリーズのどれかで、数年前、武神の甲冑様式の変遷についての記事という面白いのがあったけど、どれだっけ?架空の「神の鎧」を創作していく様子が分かりやすくおもしろかったので買っとけばよかったかも)


その他いろいろ、聖徳太子信仰関係のものやらなんやらあるんですが、興味引かれたのは、大阪万博において全日本仏教会が出展した法輪閣という建物があるんですが、そこの本尊であった仏像が展示されててビビった。

芸術家のかたが作った巨大な石膏像で、何トンもあるという。

大阪万博ラオス館が霧ヶ峰高原で宗教法人中観山同願院昭和寺として移築されてあって、そこの本尊に法輪閣にあったという観音像を祀ってるというのは知ってましたが、この昭和寺の観音はつまり本尊では無かったのか。


昭和寺

http://www.geocities.jp/hfwyt078/

中観山昭和寺と世界平和同願会(PDF)

http://www.teiko-irikiin.com/uploads/1naritati.pdf


上記PDFには詳しい経緯が記されているが、あの観音は山崎良順というかたが中心になって、反戦平和のため日中両国に観音像を送る運動がはじまり、中観会=「中」国に「観」音様を贈る「会」が設立。

趣旨に賛同した茅野市の矢崎虎夫氏が製作し、浅草の浅草寺で2体の観音像の開眼供養。その2年後、1体は北京の広済寺に安置される。

その後、青蓮院門跡門主東伏見滋洽台下に会長で、有縁の地に観音像送る昭和同願会(世界平和同願会の前身)が発足。グアム島

の戦没者慰霊塔をはじめ、サイゴン、マンダレー、シンガポール、バーシー海峡などの慰霊塔に贈られているとのこと。

大阪万博では、許可を得て、広く浄財を集め、3メートルもの像として古河パビリオンの前の法輪閣の庭に平和観音像を作る。


ちょっと今まで誤解してました、この霧ヶ峰昭和寺の観音菩薩像は、全仏が出した法輪閣の展示物かと思ってましたが、また別筋で、許可を得て法輪閣敷地内に置いたものだったんですね。


法輪閣内の本尊は、また別にあって現在四天王寺が保有しているというのが今回分かって驚きました。

双方の仏像は作者も違うし、正確には別の団体の出展物というべきもののようです。

なお、法輪閣は今もあって、移築されて四天王寺の庚申堂の建物になっています。


大阪万博は結構仏教要素の話しを聞きます。

例えば、有名な太陽の塔ですが、あれも岡本太郎がチベット僧に出会って、トルマを知ってそれにインスピレーションをかきたてられて作った、彼なりのトルマだというはなしも。

http://www.minpaku.ac.jp/publication/gekkan/200407.html

国立民族学博物館 機関紙 月刊みんぱく2004年7月号

特集「太陽の塔から」補遺 岡本太郎とトルマ 長野泰彦


ふらりと入った新春名宝展でしたが、発見がいろいろあり、得るもの多かったです。

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