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2014年1月23日 (木)

僧侶と神主は、兼任出来るのでしょうか?

ちょっと気になったQ&Aが。

Yahoo知恵袋
「僧侶と神主は、兼任出来るのでしょうか?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14108622349

>フツーは無理だと思いますけど・・・・・・・・・・
>バレたら両方から追放されそうですね。

…という非常にさらっとしたのしか回答が無く、これが結論で凍結になっています。

私的な回答としては、「ある意味できます」ってとこでしょか。
国家神道の流れを汲む、神社本庁的に他の宗教の信仰は一切捨てよ!というのがまず最初にあるからダメってはなしでしかないわけです。
神社本庁で神職の免状を得ようと入学する時点で信仰について踏み絵を踏まされ、神道だけを信じきることが条件となります。

そういう意味ではダメだが、これはあくまで神社本庁にとってのはなしであって
神様にとってどうかってのとはまた別の話になってくるわけです。

神社と寺を両方管理したい場合、一番てっとりばやいのは修験道。
修験道というのは神仏習合ありきなわけですよね。祝詞も真言も護摩も学ぶことになる。なので修験道の行者になれば、神社も寺も両方管理は可能ということになります。
もちろん神社本庁からは離脱ということになりますが。
ただ、神社界は決して本庁が全て傘下に収めてる状況になく、単立の著名神社も多く、単立だからダメとかそういうもんでもなかろうと思います。

あとは、密教僧になるというのもまたアリ。
密教寺院には、神社を祀るやりかたがいろいろと伝来しており、神社も中にあるようなところも多いですが、それを祀る方法がある。
御流神道なんてのもいまだに伝わってるわけで、密教僧は神道もやれる(もちろん学べばで、密教僧がみなできるものでもない)

法華宗(日蓮宗)。の行者というのも、法華神道とかあったし、やりようはあるんでしょうけど、ちょっとこれは神道とはかけ離れてて神社運営できるもんではないかな…。現代まともに伝わってるもんでもないし。


まあなんにせよ僧を兼任する気なら、普通は神社本庁とは離縁する覚悟は居る。
神社本庁の養成所で学んで神職の技術を得てから、仏教で得度すれば、両方の儀式を(技術的には)行えるわけで
それで単立神社というのなら、両方いっぱしにできるはずです。

仏教側からの追放は、宗派によってはあるでしょうけど、密教系では別に問題無いような?
両部神道とかやってたりするんですから。御法神として日本の神々を祀るのは普通のことです。

あ、そういえば神職養成所がいくつかありますが、出羽三山神社神職養成所ってどうなんでしょ?
出羽は神仏習合色が強いですよね? 恐らく神職も独特の様式のはずで、学校ではベーシックなことをまず教えるとは思うのですが、仏事の位置づけについてはどうなんでしょう?

それから、この質問者のかたの目的がよくわからない。
寺と神社を別個にそれぞれ管理者として運営したいというはなしなのか?
それとも神仏習合が残るような寺や神社で、それらをお祀りしたいというだけなのか?

神仏習合の祭事自体は、神社でもわりと残ってまして、仏教僧や行者が神事に参加するというかたちは神社によってはあります。
ですから、神社に仏があるなら、行者を招いて護摩やら読経を行うとか、そういうのはありでしょう。
これなら神社本庁と縁切る必要はなかろうと思います。

私なりの結論としては…
仏教でも密教宗派では、神仏習合時代の神道儀式の次第が伝わってて、真言などの坊さんは相応の勉強をしていれば神主と同様に神社で祝詞あげたりが可能。
一方の神道側では、国家神道、廃仏毀釈を経過しているため、仏を祀る方法は現在神職養成では無いため不可能。
神社本庁では他宗教とのかけもちは認められていないので、神職免許持ちつつ仏教僧でもありたいなら、本庁を除名の覚悟も必要か。

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