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2014年12月18日 (木)

韓国の自称三論宗、陳志摩氏来日

以前話題にした、謎の三論宗を名乗る団体の韓国の代表?が来日中とのこと

以前の記事
あ、前記事でほのめかした藤木相元さん亡くなられたんだ
http://ragaraja2.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4b80.html

占い師の藤木相元さんさんが、なぜか奈良仏教の南都六宗の1、すでに単立宗派としては無い三論宗を名乗って、出家斡旋とかしてまして、問題視してたんですが
それに対し


「私は、大韓仏教三論宗 陳 志摩大宗師より再興仏事
を拝命されている者として、決して許す訳にはいきません」


…と、質問状送り付けている、栃木の三論宗日本国再興後援会 会長と名乗る護顕院 蓮実というかたの話題です。

しかしサイト見ると、護顕院 蓮実さんの信奉する陳志摩大宗師なるかた、護憲羅摩法なるヒーリング療法を核として活動しているかたらしい。


いやいやいやいやいや、三論宗とか当時の宗派ってのは、今日の日本仏教でいうような意味での宗派ではなくって、学派のようなもので宗教団体ってのとは違う。
で、その学問の法流としては、東大寺に伝わってるわけでして、決して三論宗が無くなったというものではない、
ましてはこのようなヒーラーの類、まったく三論の教学と関係が無い。歴史上の宗派の名前を使ってるだけではないのか。
私からすれば、東大寺に学問流派として伝わるものこそが現在ほぼ唯一の日本三論宗であり、こんなものは三論宗ではない。
勝手に日本の三論宗を無いことにするなと。
藤木相元さんも陳志摩さんも、私に言わせれば三論宗の名を宣伝に使ってるだけの紛い物。


で、なにやらメールフォームより、日本でこの韓国の自称三論宗の団体を広めようと活動している護顕院蓮実さんの元妻と名乗る人物より、師の陳志摩大宗師なるかたが来日とのことで、ぜひ会って欲しい!とメールが来た。

韓国で三論宗を再興されました陳志摩大宗師様が
今、那須に来ておられますので、是非お会いいただければと
思いまして、ご連絡させていただきました。

大師様はすでに70歳になられます。
いつまで、施術をされるのか心配でなりません。

仏様の慈悲慈愛を施術を通して伝えていらっしゃいます。
人がどんな環境で暮らし、どんな苦しみをもっているのか
すぐ感じ取られます。
施術を通して韓国で認められたお方です。

日本においても、三論宗再興の、なにかしらの結果が出るまで
施術を続けられると思います。

命懸けでいらっしゃいます。
申し訳なくて胸が痛みます。

日本での三論宗再興は、大師様がされることではなくて
私達日本人の心が決めることだと思います。


…とのことです。連絡ありがとうございます。
うーん、三論宗は、日本に「アル」んですよ。元から学問流派ですから、勉強もできます。
現在韓国では、日本仏教みたいに宗派とかあるけども、本来あんまり外国では日本みたいに宗派意識あって別個にそれぞれって感じじゃない。
日本でも奈良時代なんかは、兼学道場あたりまえで、三論宗にしても今でいう宗派とは意味合いが違う。「○○流」とか密教じゃあるじゃないすか?そんなのにどっちかといえば近い。
私の理解から言えば三論宗というのは、法相宗とかみたいにガチガチの学問の派閥、学派です。そして奈良の東大寺には伝わってる。
不思議な術やなんやなんて一切三論には書かれていないし、そんなのと無関係。非常に真面目な学問仏教です。
陳氏のやっていること、三論と関係無いように見えます。
ほんとに三論教学ガチガチに学ぼうって動きなら評価しますけど、そうは見えない。


東大寺には、知り合いの僧侶通じてこういう団体があることは既に伝えてますんで、東大寺も知ってると思いますが、東大寺の学問寺の部分って確かに観光客ごときには見えない部分なので、知られてないのも問題なのかなあと思います。
三論宗や教学についても発信していかないと、南都仏教とかの権威に乗っかろうという輩は後を絶たないでしょう。
東大寺だけでなく、南都仏教寺院は今、観光中心になってて、そのへんの裏の学問の伝統が発信力弱いと思うんですよね。けどそういう部分、決して絶えたわけではない。
人手不足とかあるのでしょうけど、もったいないです。


さて。
こちらのBlogで陳志摩さんの90年代に日本国内で出した著書を抜粋紹介していて興味深い。

http://blogs.yahoo.co.jp/ooho9090/35220209.html
http://blogs.yahoo.co.jp/ooho9090/35220676.html
http://blogs.yahoo.co.jp/ooho9090/35220909.html

 陳 志摩(日本法名 護顕院 法永)

    19歳の時、自ら宗教の道へ。
    まもなく出合ったモンゴル羅摩教の法師に師事し、以来16年に渡り深山幽谷を
    巡り歩く過酷な修行を続けながら、日本列島を八往復半する。
    この間に護顕羅摩法を習得した陳 志摩は、行脚の途中に病身の人を見つけては
    駆け寄り技を施しては風のように消えるということを繰り返していたので、
    いつの頃からか「幻の法師」と呼ばれるようになった。
      その後、大韓民国などアジア各地で啓蒙活動を続け、大韓仏教三論宗の
    高位である大宗師となった。
    そして再び国内に腰を落ち着け、日本三論宗再興のための準備を進めている。


■大師に帯同した編集者は見た!杖のいらなくなった老人の姿

それは老若男女50数名が、大師の待つ福岡のあるホテルでの出来事だった。
やや緊張した会場の雰囲気を司会者がときほぐすように、大師の経歴と三論宗の要旨説明があった後
”幻の法師”といわれる護顕院法永法師が来場してきた。

日本の仏教の源であり大乗仏教の本流であった三論宗の袈裟をまとっている。

大乗仏教はこの人から始まったといっていい、インド人で漢名を「龍樹」(リョウジュ)と称す
仏教界の巨人から、中国仏教の始祖でこれも仏教界の巨人といわれる「鳩摩羅什」(クラマジュウ)
を経て、三論宗理論の確立者、吉蔵からその直弟子で聖徳太子の先生であった高句麗の慧慈へと
伝わったのが三論宗だ。

インド→中国→朝鮮半島→日本へと伝わった三論宗を、日本で唯一継承したのが、
いま目の前にいるこの法師なのである。

幸い日本では門跡廃絶となった三論宗も中国・南京市の栖霞寺(サイカジ)にその命脈が残り、
韓国では十数年前に再興された。
法師は日本三論宗再興のために全国を行脚している。

法師は施術の前に約一時間、三論宗再興への思いを説法しするのが常だ。

時に座禅道護顕羅摩法(ザゼンドウゴケンラマホウ)の経舞を示し、その教えと経舞で表現した
意義を解説したりもする。(経舞とは、お経を体で現す舞いである)
いずれにせよ初めて場内を訪れた人は、日本で接する仏教諸宗とのあまりの違いにあっけにとられる。



第二章 この坊主は何をしたいか

■私の使命は人々の血を蘇らせ健康にすること

私の法名は「陳 志摩」(韓国三論宗・法名)という。
日本三論宗の法名は「護顕院法永」である。
韓国三論宗での地位は大宗師というもので、
この地位は宗正・李大セン師(韓国仏教宗正協議会会長を兼務)につぐ地位である。

世俗からこの世界に入り、以後二十数年の修行の間に十数万人の人々の病気や苦しみを
「施術」によって快方に導き感謝されたり喜ばれてきた。

修行で全国を行脚していたため一ヶ所にとどまることなく、
このため評判が広まったときには、すでにその場所にないことから、
いつ頃からか「幻の法師」といわれたのである。

いまでは多くの人に切望され日本全国各地に会場を借りたり、
大きなお宅をおもちの方にはそこを拝借して施術を行なっている。

私の施術とは世界でただ独り体得した「座禅道護顕羅摩法」(ザゼンドウゴケンラマホウ)である。

「座禅道護顕羅摩法」とは、健康の基本である体の背骨を矯正を施し、人の体を基本の姿勢に戻し、
脊髄や血液の流れを正常にして脳下垂体を活性化させるとともに、
細胞の活性を図って新陳代謝をよくする方法である。

簡単に分かり易くいえばいわゆる血を蘇らせることで、あらゆる病気を快方に導くものだ。

人は生まれたときから病気になること、老けること、死ぬことの三つの苦しみを背負っている。
この苦しみを取り除くのが私に与えられた使命である。
その使命はわれ知らず数奇な運命をたどりながら仏に導かれ与えられた。

世俗の中で、しかも魑魅魍魎の世界に生きていた私が、なぜ僧侶になったのか、
”幻の法師”といわれるようになったのはなぜか、この薯を読んでいただければ、
時に胸に詰まるものを感じながら理解していただけると思う。

しかし、これだけはいっておきたい。
私が人々の健康を願い、それを実現するのは”下心”があるからだ。



■この坊主にしかアジアの平和は実現できない

この”下心”とはお金儲けなどという小さなことではない。
私が人々の健康を実現し、そのために心身共に健康になった人に私の願いを実現するための
力を貸してほしいのである。

私の願いとは他でもない。日本がアジアに感謝の気持ちをもちながらアジア各国から収穫した
大乗・小乗仏教の遺産を返還してほしいのである。

そして、アジア各国に日本が謝罪することもアジア各国が日本に対し謝罪要求をすることもない
本当のアジアの平和を実現し、これを世界平和に結びつけることである。

それにはまず、アジアになぜ感謝しなければならないか、
日本の一人でも多くの人々が知ることが肝要である。

日本の大乗仏教はインドから派生し中国、朝鮮半島を経て日本に伝来した。
これは多くの人が知る周知の事実だ。

現在、日本仏教は十三宗四十八派を数えるが、
その源流はそもそも「三論宗」なのである。

三論宗は飛鳥寺を出発点に多くの学僧によって研究され、大いに繁栄したが、
三論宗を伝えた第一の伝師が高句麗(コウクリ)からの渡来人であり、
聖徳太子の先生であったため、その後「門跡廃絶」になると三論宗の痕跡は抹殺された。

したがって日本仏教の中での三論宗は仏教関係、とりわけ飛鳥寺に保存された文献の中に
残されたのみである。いわんや日本史の教科書の中には三論の「さ」の字も出てこない。
三論宗は中国や韓国に現存し、歴史教科書に登場するのにだ。

「日本人は歴史を知らない」と中国や韓国にいわれるのは何もアジア・太平洋戦争のことだけを
いっているのではなく、実はこうした至極常識的な「歴史認識」を問うているにすぎない。

だからこそ三論宗の坊主だけが、アジアの平和を実現する力を備えているのである。
もう一つアジアの平和実現に”私”でなければならない理由がある。
それはこの坊主の父親は韓国人であり母は日本人であるという私個人的の運命的な”血”に由来する。

つまりセンチメンタルな言い方をすると、この坊主の血はアジア大陸からもらい、
体は日本列島に育ててもらった。
だから、この日本と韓国や中国に是非とも恩返しがしたい。もっと仲良くしてもらいたい。

仲良くしてもらわないと、この坊主の血と体がバラバラになる思いなのである。

という理由から、この坊主の平和にかける切なる願いに耳を傾けてもらいたいと思うのである。



■日本は本当の仏教国に蘇る必要がある

今年は西暦で1999年だ。

日本は仏教国だあるからお釈迦様が生まれて何年経ったか知っている人は、少なからずいるはずである。
ところが知っている人に出会ったことがない。
私たちは箸を使い木の家に住んで瓦葺きの屋根の下で寝ている。

ところが、最近ではコンクリートの中に住む人が多くなり、箸をナイフとフォークに替えて
お釈迦様が誕生されて2543年になったことなど知らなくなった。

そんな細かいことは知らなくてもいいという人は、
キリストよりお釈迦様の誕生日が古いということくらいは、知っていてほしいものだ。

日本は島国だが、二億八千年くらい前まで陸続きで動植物の分布は、ほぼアジアと同じ系統に属する。
何よりアジアは主食が共通している。
だがアジア人は現代の日本人をアジア人とは見ない。

ヨーロッパやアメリカに留学してくる日本人以外のアジア人は”同胞意識”があるが、
日本人に対しては同族意識を感じないという。

アジアの人々は秀吉の朝鮮出兵から、明治時代の征韓論、日中戦争や朝鮮併合、
大東亜戦争で日本の過去には深い恨みをもっている。

何よりアジア人がアジア人に裏切られたという意識は、欧米人の植民地政策に対する恨みより深い。

だから、音楽や文化交流、草の根交流と称してアジアに日本人が出ていっても
「金銀財宝や仏像や経典を返せ!」と腹の中でいわれる。

知識人や僧侶ほどこのことを知っている。

日本の政治家や一部の文化人がいうように戦争は100%敗者が悪いわけではない。
しかし、戦後54年経ってアジアの国々の戦後教育は、日本にとって耳の痛い内容で貫かれている。

中国、韓国だけではない。
フィリピンもインドネシアもそうである。

これをいまさら履すのは難しい。
いくら「南京大虐殺事件」で当時の南京の人口以上の人々を殺害するのはおかしいと
日本が主張しても中国の教科書に書いてある内容は、すでに”真”だ。

他国の教科書を文化交流くらいで履せない。
だから日本はそんな不毛の議論を続けるより
「同じ大乗仏教の国ではないか」と主張したらいいのである。

「仏教伝来の象徴である飛鳥寺を再興しました。
  そこにアジアから持ってきた仏像や経典のプレミアを展示して、
                     本物は本来の国々に返します」

と行動したらどんな謝罪より説得力がある。
日本の政府がやらないなら飛鳥寺の再興と仏教遺産の返還を是非私がやりたいのである。

■なぜ三論宗を再興させなければならないか
  (一部のみ抜粋)

くどいようだが中国の要人が、来日する折りに、とか「歴史認識」をもち出すが、
あれは日本人が頭に浮かべる「まだ54年も前の日中戦争をもち出して」
と先の大戦のことのみをもち出しているのではない。

彼らは千年前、二千年前の関係を指して日本人の「歴史認識」を問うているのである。

つまり、韓国や北朝鮮、あるいは中国にしろ彼らのいうところの日本人の歴史認識のなさとは、
いま現在「飛鳥寺」さえ再興しない日本人の過去を問い質しているのである。

そんなことはないと反論する向きに聞きたいのだが、
生まれた家の宗教は浄土真宗で結婚式は教会で行い、
葬式は臨済宗の寺で行なうような民族が世界のどこにあろう。

新興宗教の数が理髪店より多い国など世界のどこを探してもない。

こうした日本国内の宗教界のゆがみやアジア五族の縺れた糸を解きほぐすには、
大乗仏教の源である三論宗を是非とも再興しなければならないのである。
これはアジアにおける日本の最後の使命なのである。

第五章 三論宗の教え

■日本人が知らないアジアで孤立する本当の理由

「そんなことはない。
     日本は立派な仏教国ではないか。むしろ師国というべきであろう。
                    現に世界仏教界議は日本で開かれている」

と反論する向きもあるに違いない。
しかしそういっては何だか、それはお金の力である。
そうでなければ、アジアの僧侶に日本に自費でも行きたいというほどの何があろう。

飛鳥時代に仏教が伝来し最初に飛鳥寺ができたが、飛鳥寺さえ再興されていない事実は、
大乗仏教の歴史の連続性を日本が断ったことにほかならないではないか、とアジア各国はみている。

少々耳の痛い話をさせてもらう。

大正時代に日本では天皇家を守るためにお寺を神社にした。
いわば仏教から神道という新宗教に国是として切り替えたのである。

神道の菊の紋章は元を正せば三論宗のもので、それは先に述べたように第二師国の中国から
伝来した仏教のものであって神道の紋章ではない。

だから菊の紋十五枚をもった神社が仏事をやるおかしなことになってしまった。
さらにお寺はそれを黙って見過ごしたから、よけいおかしなことになった。
歴史がゆがんでしまったのだ。

また、これまでにも述べてたが、日本は先の大戦中にアジアから仏教芸術の数々を奪ってきた。
国立博物館の地下には、これまでの戦略品が数多く保管してある。
おそらく日本軍属が持ってきたものを家宝にしている家庭が、今もたくさんあるはずである。

これをいまから返せといっても時間が経ちすぎており、所有権などの問題もあって難しい。

だから、そのためには飛鳥寺を建立し、アジアから収奪した仏像など仏教など宗教芸術を
期間限定で展示した後に模写、模造品を保存し、本物は韓国、台湾、中国、フィリピン、
ベトナム、カンボジア、ミヤンマーなどに返すべきだ。

これを実現しなくて何の平和を祈願する僧侶であろうか。

仮に日本の僧侶ができないとすれば、できるのは三論宗の僧侶をおいてほかにない。

アジアで日本が兄弟国と認めてもらうには、この方法しかない。
日本の演歌やポップスなどが韓国や中国、台湾、マレーシアなどの国々で歌われているから
日本が認められたと喜んでいるようでは、歴史がまったくわかっていない。

日本の高校生などの若者が平和教育とやらの名の元にアジアの師国に行って”謝罪修学旅行”
をしても本当の文化交流にはならない。

彼らに何の罪があろう。
行くべきは日本の僧侶たちである。

第一の師国、韓国や第二の師国、中国、第三の師国、インドに行って頭を下げてこそ、
仏教の僧侶だと胸をはれると思うのだが、いかがなものか。


興味深い情報がいろいろ記載されている。陳志摩というのは韓国三論宗・法名なのだそう。
三論宗が中国・南京市の栖霞寺(サイカジ)にその命脈が残り、韓国では十数年前に再興されたというので、中国で得度してそこで与えられた中国風の名前で本名じゃないのかも?
ただ、中国に三論宗なんて宗派無いだろ?そもそも中国仏教は政府管理の元あって、栖霞寺も有名寺だけど、別に三論宗つって独自に宗派組織をやってるわけではあるまい。
このあたりの宗派=統括宗教法人みたいな認識って、日本仏教独特なとこあって、それを中国に当てはめるのはおかしい。

陳志摩の法名について日本三論宗の法名は「護顕院法永」ともある。院号とか、これ日本の命名法じゃん。つか、出家名って、俗世名を捨ててという意味であって、中国(韓国)と日本で別の法名があるって変でしょ。1つでいいはず。
「アーナンダ」という出家名と「法然」という出家名は等価であり、国柄の違い、地方性に過ぎない。
わざわざ日本で別名が必要なわけないし、院号とかわざわざ作ったり、アホくさとしか思えませぬ。

「この坊主(陳氏自身)の父親は韓国人であり母は日本人であるという私個人的の運命的な”血”に由来」
「この坊主の血はアジア大陸からもらい、体は日本列島に育ててもらった。」


あ、陳氏って、在日韓国人なんですね。あくまで日本育ちの在日のかたのもよう。
てっきり韓国生まれで韓国から輸入という構図かと思ったら、陳氏は元々の足場は日本にあったのか。

うーん、こうなってくると、中国や韓国での彼の評価や、立ち位置、どんなもんかなんとも分からんね。
自称外国で俺はスゴイ!なら、オウムの麻原でもヒマラヤですげえ地位に!とかやってたもんね。



かつて三論宗が仏教の本流であったってのも「????」だし


日本は先の大戦中にアジアから仏教芸術の数々を奪ってきた。
国立博物館の地下には、これまでの戦略品が数多く保管してある。
おそらく日本軍属が持ってきたものを家宝にしている家庭が、今もたくさんあるはずである


…これも何を根拠に?いかにもな反日に染まった在日さんの願望だなあと。
きちんと根拠あげないと。大戦中に輸送力も余裕無いのに、文化財略奪って、ナチスと混同してないか?
根拠のない誹謗にしかなっていず、アホくさい。


飛鳥時代に仏教が伝来し最初に飛鳥寺ができたが、飛鳥寺さえ再興されていない事実は、
大乗仏教の歴史の連続性を日本が断ったことにほかならないではないか、とアジア各国はみている。



?????????
何を言ってるのか分からない。飛鳥寺あるじゃん。
元興寺は要するに飛鳥寺ですがな。
そもそも、飛鳥寺って名前は通称に過ぎず、寺名は法興寺といいます。
平城遷都に伴って、奈良に移転し、東大寺等と並ぶ大寺院であった元興寺となった。
全く無くなったことなんかないんですけど…歴史を勉強してください。


また、元法興寺跡地にも、幕末に篤志家により飛鳥寺が再建されている。


きっと、史跡の飛鳥寺跡でも見て、「日本人が廃寺にした!けしからん!弾圧だ!」とか早合点して激怒してらっしゃるのでしょうけど、
今の元興寺が結局飛鳥寺であって、なんら廃絶していないわけです。
なんでもかんでも「日本がー!日本がー!」と日本叩くことばっか考えてちゃ、そら真の友好なんか生まれません。


「菊の御紋は三論宗が伝えた、三論宗のもの」つーのも意味が分からないし、「三論宗の袈裟」って何?って話だし、
ことごとく言ってることが分かりません。

現状、私の理解だと、三論宗の権威を騙る怪しい新興宗教でしかありません。

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