芸術

2010年8月29日 (日)

NHK トップランナー「松井冬子」

NHKの「トップランナー」という番組で、人気日本画家の松井冬子さんでした(美人で評判)。

http://www.nhk.or.jp/tr/2010album/100828.html


グロ絵でゲテモノ趣味に見えるわけです。

私は彼女の絵に、江戸時代の幽霊画とかそういうのの香りを感じるわけです。

江戸期には幽霊画とか怪奇画が大流行して、グロを楽しむような文化もあったわけですね、

松井さんはそういうの踏まえてんのかな?と思ってたわけです。


ですが、かっこつけてんのかどうか知らないけど、そういうわけではないっぽげ。

なんか話してるの聞いた印象は、「なんかえらいマジメな人だなあ」というの。これは私的にはあまり好意的な意味ではない。遊び心が無いという意味で否定的な表現。

己の情念を表現しているのだ!ということをMCに答えてとてもマジメに語るのです。これらグロ表現も必要でありのままを描いてるのであるという、ある意味退屈な意図。

ウーマンリブ的な視点というか、女性という性の痛みやコンプレックスといったものも非常に重要な意図のようです。


なーんだ、「グロっておもしれーじゃん?」とあっけらかんと言っちゃうのかと思ったら、全くそうではなく、完全に100%大真面目な答えで、それ描いてて楽しいのかな?と思いました。

ただ、絵は大好き!好きすぎる!みたいのは伝わってきたので、実はグロ好きでそういう他人びっくりさせるの楽しんでるんじゃないかという気もちょっとするんですが…(私はそれだけではなんですが、そっちの意図も入ってるほうが好き)


現代の幽霊画の絵師みたいなもんかと誤解してたのかもしれない。

個人的には九相図(きらびやかな貴人が野たれ死んで腐って骨になり草木となるまでを描く仏教画。グロ)を描いて欲しい作家NO.1なんですが(笑


あと、女性しか私は描かない。自分が分からないものは描けない!と豪語、男性作家がしばしば女性を描いたりヌードを描いたりするのにカチンとくる発言。

これは凄く違和感やら反感やら感じましたね!

男の女性大好きさをナメんな!!!…と(笑

女性が思ってるより遥かにとんでもなく狂おしいくらいに男性は女性が好きです。神のようにあがめております。どんだけ男が女が好きか分かってないです!

この男の狂おしい情念は、しばしば女性をもはや超えた神々しいまでの半分神がかった超女性を描いてしまうわけです。

そこに私はすさまじい情念と芸術を感じずにはおれません。つまりもはやそれは女性を描いてるのではないのかもしれない。もはやそれは己の思い描く神を描いているのです。

女性は男というものを分かっていないと思います。女性とは発想やベクトルが全く違うのではないかと思います。

己を描いてる松井さんのような女性に対し、女性像を描く男性は、狂おしく恋焦がれる自分だけの女神様を具現化させてるのです。同じ女性像に見えても、両者は全く別筋の絵なのだろうと思うわけです。


松井冬子さんのサイト

http://matsuifuyuko.com/


しかし美術系短大入った後、浪人しまくって東京芸大についに入るのは凄いですね。

本人の根気も凄いけど、4年とか5年とかのロスを家族が許容してくれるってとこが一番凄い。

東京芸大は確かにちらほらそういう人居る学校ですが、これは裕福なご家庭とかじゃないとなかなか許されないのではないでしょうか。特に定職について結婚して妻子養え!とか思われてる男性は特に風当たり厳しいわけです。

弁護士試験に4年も5年もならまだしも、芸術系大学って、出ても食える保障は全く無い世界じゃないですか。ようやるなあーと感心よりもあきれるほうが強い。

けど作家としてはこの受験は正解だと思います。東京芸大入ったことより、この4年5年浪人してめちゃくちゃデッサンやりまくった時期ってのは凄い武器だと思います。すんなり入った人よりこのへん得るものあったんじゃないでしょうか。

(この今の絵なら、東京芸大の看板無く、短大出でも必ず注目されて売れてたと思うし)

『昭和美少年手帖』

タイトルがすげえですが、別にホモい本ではありません。

大正から昭和にかけてのものを中心に少年・少女雑誌等の挿絵を中心に見ていこうという本です。


つまり、ぶっちゃけて言えば「マンガ絵の流行史」ってことです。

目の描き方、鼻の表現、あらゆるものから確実に今に続く流れがはっきりと読み取れます。

それどころでなく、中に収録されている高松塚古墳壁画からなにから、時代時代の人物画の目のや鼻や口やの描法を並べて変遷を追うページでは、いわゆるマンガ絵が決していきなり突如生まれたのでなく、そのような古代から続く日本画の表現法の流れにあり、徐々に変遷していき、今日のマンガ絵に至ることがはっきり分かりました。

ちょっとづつの変化を、端と端を見比べるから別物に思うのであって、間を埋める絵柄が必ず実は存在しているのです。

この本に取り上げられたような作家は、今日の漫画絵と、幕末浮世絵から続き西洋技法を取り入れたものの浮世絵の空気をまだ微妙に残す明治のイラストとの間に位置するものであろうと思います。

この絵柄変遷図だけでこの本は見る価値がある。

おぼろげに絵巻物なんかの人物表現から今日マンガ絵は通じるのだろうとか、鳥獣戯画からマンガ絵に繋がるものがあるのだろうとはそりゃあ思っていましたが、こうはっきり見せられると、絵柄は流行があってシームレスに変遷しており、結果として今があるのだなあということがはっきりと分かりました。


この本は、弥生美術館で2003年にありました「美少年コレクション展~昭和のイラストレーションにみる~」という展覧会の図録的な意図で出版されたものだそうです。

http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/exhibition/yayoi/0307.html



またここで中心的に取り上げられている高畠華宵は2008年には京都精華大学で「美少年美少女幻影-高畠華宵の世界- 」という展覧会が生誕120周年で開かれたそうです。いまさら知った。

http://johokan.kyoto-seika.ac.jp/modules/contents/index.php?content_id=173


作家には特別興味も無くうっかり手にとって読んだんですが、思いのほかおもしろかったです。

私は明治期浮世絵みたいの好きなんですが、あの和風な表現と、西洋画的表現が歪に絡み合ったようなのたまらんですよ。

高畠華宵あたりの時期の少年少女向け絵も、今のマンガ絵には無い要素があり、非常におもしろいなと。



昭和美少年手帖 (らんぷの本)

昭和美少年手帖 (らんぷの本)

なんか表紙ひでぇな…。ホモすぎませんか!?

ちなみに内容は別にホモじゃまったくないです。


その他関連書籍

高畠華宵・美少年図鑑 (コロナ・ブックス)

高畠華宵・美少年図鑑 (コロナ・ブックス)

高畠華宵ー大正・昭和 レトロビューティー(らんぷの本)

高畠華宵ー大正・昭和 レトロビューティー(らんぷの本)

2010年8月27日 (金)

ダンボール仏

8/26朝日放送ABCのゆう+で「何やら神々しいダンボールの仏様」というのがやってたようですが、録画しといたつもりがCH間違ってアンカー撮ってしまってたという関西ローカル話。

http://webnews.asahi.co.jp/you/


ダンボール仏ってなんだったんだろう?見たかたいます?

たぶん、INAXギャラリーで前にやってた本堀雄二氏のダンボールを素材に使った仏アートだと思うんですけど…

http://www.inax.co.jp/gallery/contemporary/detail/d_001608.html

本堀さん神戸在住のようですから、関西ローカルのニュース番組で取り上げられそうですしね。

2010年8月 6日 (金)

こだわりライフヨーロッパ「イコンに刻まれた祈りの心~ウクライナ キエフ~」

NHKとかの海外ドキュメンタリーとか紀行番組ばかり見てます。家族から嫌がられてます。

で、マイナーで知名度なさそうだけど、毎回クオリティー高いなあーと密かに評価してるのが、BSでやってる「こだわりライフヨーロッパ」。

http://www.nhk.or.jp/bs/eurkodawari/

海外ドキュメンタリーは海外の放送局制作のものを放送するのも多いんですが、これはNHK制作。NHK制作のこの手のってなかなかクオリティ高いもん多いのです。


さて、今回は宗教芸術のはなし。

ウクライナの首都キエフで、イコン(正教会系におけるキリスト教宗教画)の収集と保全に奔走してるオリガ・ボゴモレツィさんを取材。


東方正教会系では、聖像を認めるのです。偶像崇拝とはこれは違うのです。模造をもって模造そのものでなくそれに描かれたそこから原像を想起し、それを礼拝するということは、偶像崇拝とは違うのであるという解釈をし、そのためイコンが非常に発達しました。

これは仏教徒の仏像観に近いかもしれません。別に仏像そのものが神なのではなく、これは仏の境地を図示するものであるというのが仏教的な仏の図像解釈でありましょう(民間信仰で○○地蔵に願い事うんぬん等はまた別の話)。

イスラム教徒の人物図自体を忌避する極端な解釈とは真逆の偶像解釈です。イスラム教徒のも、人の形してるかどうかみたいなことに拘り過ぎて、コーラン自体を偶像崇拝みたくしてしまってるとも思いますし、私はイコンに関する正教会の解釈のほうがしっくりきますね。

聖書などの文章から聖人や神を想起し祈るのと、絵図から聖人や神を想起し祈るのとは、なんの違いがあるのでしょう?

絵図自体を神と勘違いすれば偶像崇拝でしょうが、それ自体は描いた絵に過ぎないというあたりまえの認識であれば、これは文字によって記述されてるのとなんも変わるところがないと考えます。むしろビジュアルだからこそより伝わることもあると思うのです。


さて、本題に戻って。

ここキエフでは、ソビエト時代には共産主義の無宗教政策で教会はことごとく破壊され、イコンも禁止され破棄されたのです。

ウクライナ独立後、キリスト教復活がなされ、大きな教会が再建されるなど復興しましたが、

今度は市場経済の結果、イコンが美術品としてどんどん売りに出され、海外に流出したり単なる絵画として投げ売られるようになったのです。

要するに無宗教時代に無宗教の人が増え、家の倉庫に眠ってたイコンはただのボロ画であり、金になると独立後バンバン売るようになったわけです。


彼女はそれを憂い、蚤の市などで売られるイコンの山から歴史的価値の高い画を私財で買い集め、修理補修をしているのです。10年で5000点以上のイコンを修復したそうです。

彼女は皮膚科医なのですが、私はイコンの治療をしているのですと言ってました。


イコンは教会のほか、各家庭でも大事にされてきたのですが、この蚤の市で売られているイコンの多くが家庭で礼拝の対象となってきたものだそうで、民俗学的な価値観で集めてる風でした。

ウクライナの民俗文化を大事に保全し、次の世代に伝えたい、そういうことです。


これらイコンは、キリストやマリアだけではありません。

ご利益聖人を描いたものが多くあり、日本で言えば七福神の掛け軸みたいな風なのかな?と思いました。極めて民俗的な要素の強いもので、非常に面白いです。

教会のはもっとお堅いんでしょうけど、これらの多くはご家庭の民間信仰の要素が強く入っているのです。

ウクライナではキリスト教以前は土着の神々を信仰していたのですが、それらの要素が習合しているのだという説明でした。


ちょっとだけ説明がありましたが、

聖エカテリナ→縁結び

聖セラフィム→病気治癒

聖パンテレイモン→病気治癒

…などなどいろいろあるそうです。


図像的にも、お堅い教会で飾られてるものもいいですけど、この民間信仰感漂う素朴な小さな絵が非常によかったですね。

こういうのは散逸してしまいがちですから、きちんと価値を認め、収集するオリガさんの仕事は非常にすばらしいと思います。まさに民俗学的仕事です。


これらの価値を広めるため、地元の子供らに向けた見学会を開いたりしているそうです。現在では新たなイコン作家も生まれてきてるそうで、民俗イコンの伝統がまた復活すれば愉快だなと思います。

オリガさんらは、現在収蔵品を展示する「イコンの家」という施設を建設中。修復を終えたイコン5500点が公開される予定で、完成後キエフ観光に行くかたはぜひ訪れるといいと思います。


この番組、まだ再放送もありますので興味あるかたはどうぞ。

BS-hi 8月7日(土)午後4時00分

BS1 8月8日(日)午前7時00分

2010年7月13日 (火)

サントリー男前すぎ。サントリーミュージアム無償譲渡

サントリーミュージアムですが、キリンとの統合交渉を前に、閉館が決まり、美術ファンは悲しみにくれました。

サントリーという会社は、メセナ活動に力を入れる伝統で、企業は文化に貢献せねばならん、社会へ還元しないといかんという理念があります。

酒屋の樽元は株主の目先の利益に流されるべきではなく、長い目で酒を醸造していかねばならんと、創業者一族による安定株主による経営を売りにして、上場してないという特殊な企業です。

こんな会社ゆえに、青いバラが可能になったわけで、貴重な日本企業に思います。

が、キリンとの統合交渉がはじまり、「普通の企業」化が求められ、その過程でサントリーミュージアムは閉館が決定されたわけです。


ですが、ご存知のようにキリンとの統合交渉は決裂。

じゃあサントリーミュージアムどうなるんだろう?やはり閉鎖撤回は難しいんだろうなあと思ってました。

ああいう現代、近代芸術をテーマにした美術館は大阪にハコが無いですし、非常に勿体無い。収蔵品は東京のサントリー美術館に行くとのことですが、規模が違うし、ほとんど死蔵されることが決定的でした。第一大阪の企業なのに大阪に美術館置かないで東京のみってなんすか!


…と思ってたんですが、サントリーやってくれました!


サントリーミュージアム 大阪市に無償譲渡、美術館に

http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK201006290028.html


朝日の記事では触れてないですが、毎日新聞によれば収蔵品も貸与扱いで貸すそうです。

男前すぎるでしょ、サントリーさん!

今時なかなかないですよ、こんな一本筋の通った企業!

ホントのメセナ精神があると感服しました。


ネーミングライツじゃないけど、サントリーミュージアムの名前残したらどうでしょう?

知名度もあるし、新たに名前決めるよりいいでしょ。

よく寄進者とかに感謝して○○記念美術館だのなんだのってあるじゃないですか、あの感覚で。


さらに、大阪市は中之島に大阪市立近代美術館作る予定でいろいろ収蔵品集めたもんの、予算不足で頓挫してるっていうもったいないはなしがありまして

これも統合できたら、展示場所ができて美術品も報われる。

大阪市&府が狙うベイエリア開発にも添うし、ほんとに地域貢献としてすばらしいはなしです。


ホントは個人的にはサントリーミュージアムはサントリーがやってくれたほうがいいんすけどね…大阪市とかが仕切るとセンス悪そうなんだもの…

基本のテイストは今のまま残したほうがいいんじゃないでしょうか。IMAXシアターとかも続けて。

現行の職員とかはどうなるんでしょかね。そのまま再雇用して経営が市になるだけでテイストは残したほうが民間センスでいいものができると思う。

現代や近代の美術をやるわけだし、センスがより問われる分野ですし。

東京のサントリー美術館との提携関係も残して企画展などでも協力すれば、展示物収集やコスト分散もできますし、いいんじゃないでしょうか。


ほんと喜ばしいニュースです。

サントリーの商品買おうと思いました。ありがとう佐治さん!

2010年3月25日 (木)

牧島如鳩展なんてあったのか!

今更知ったんですが、昨年夏に三鷹市美術ギャラリーにて牧島如鳩展があったそうです。

んなマニアックな!…と思いました。


牧島如鳩展 ~神と仏の場所~

http://mitaka.jpn.org/ticket/090725g/


足利市美術館→北海道立函館美術館と巡回して、最後に三鷹だったみたいです。

関西方面もやってくださいよぅ~


牧島如鳩というのは戦前戦後の宗教画を得意とした異端の画家です。

彼は正教会の敬虔な信徒で、正教神学校に学んだ聖職者です。

正教神学校時代には女性イコン画家山下りんよりイコンを学んだそうです。

…が、それだけならまあ普通なんですが、彼が異端なのは、そういう西洋のイコン画だけにバックボーンを持たないことです。

父親は南画家であり(しかしハリストス正教徒)、そういう東洋画の伝統文化の洗礼も受けているわけです。


結果、彼は仏画も描くし、仏画とキリスト画との垣根のあいまいな絵を大量に残します。

西洋的キリスト教解釈以外は認めない人からするとけしからん画であろうと思います。

しかし南米で土着文化習俗と交じり合ったキリスト教美術が展開するように、アニミズム的な日本の土壌においてこのようなキリスト教美術が生まれることはむしろ自然だし、このほうが日本人の感覚にしっくり馴染むのではないでしょうか。キリスト教のローカライズということです。

美術的にいっても、仏画をイコンの技法で描くとか、非常におもしろい。

ダライ・ラマ14世は一神教の主を、法(ダンマ)の人格化と解釈することもできると宗教融和を言ったそうです。

そういう大らかさが牧島如鳩の画にはあるように思います。

それも意図的に彼はやっている。仏画とキリスト画、どちらでもない絵をわざと描いている。彼は芸術家であると同時に、極めてメッセージ性の強い宗教人であるとも言えるわけです。


見に行ったかたのBlogなど

http://arteymaiko.exblog.jp/8743949/

http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-755.html

http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1859


わわわ、スゲエ。これ絶対に宗教美術を考えるなら見とかないといけない展覧会でした。

こんな牧島如鳩の作品が集結するなんて機会まず無いですよ。なんというマニアックなネタなんだ。三鷹市凄いセンスいい。

キリストと仏と、さらに中国風の人物(老子?孔子?)みたいな三聖図とか、キリストが千手になって民を漏らさず救わんとする「一人だに亡ぶるを許さず」とか、とんでもない深い宗教的メッセージが込められている。

凄い!としか言いようが無い。


こりゃあ絶対図録買わなきゃいかんな。行けなかったけど図録で楽しもう!

…と調べたらば…

http://mitaka.jpn.org/store/gallery/GC040.php

品切れ。完売いたしました…!

ええ~!まだ1年も経ってないのに?と思ったら、発行日は2008年になってる。


足利展のときに作ったから、三鷹のときはもう随分発行から経ってるわけか。

これはよくある三鷹主宰で他所を巡回して、最後に自分とこでドドーンと大きく開催というよくあるやつだろうか?

(例えばちょい前の大阪市立美術館の道教美術展も、東京展もあったけど出品数半分くらいだったみたい。あれは大阪市立美術館が主宰だから、本展は大阪展だったわけです)

しかしもうちょい冊数刷ってくださいよ…展覧会からこんな期間でもう在庫無いってのは辛いっす。

完売ってことは再販予定は無いってことなのかな?もう刷ってくれないのかなあ?

これ非常に貴重な作品集なので、需要あると思うんですよね。そんな画集なんかも出てないでしょう?牧島如鳩作品を網羅して見れる貴重な本なので、刷ってもはけると思うんですよね。

一考願えたらありがたいです。

2010年3月18日 (木)

建築雑誌2009年2月号 特集:宗教建築は終わったのか

毎度本読んでもBlogとかで書くのがえらく遅いヒトです。1年くらい寝かしてから書く場合がざらだったり、内容忘れてて読みかえしたり、もう面倒で放置とかそんなのばかりです。

さて、1年以上前の雑誌の感想を今更。日本建築学会の『建築雑誌』という業界紙っぽいのの09年2月号が宗教建築特集でして、こんなん普通の書店に入ってないので図書館で読みました。

http://www.xknowledge.co.jp/book/detail/85550902


いろいろおもしろい話が載っててフムフムと読みました。

例えば冠婚葬祭式場の建築の事情とか。いろんな宗教の要素が交じり合ったような摩訶不思議な様相を示すような建築を行って、どの宗教にも対応しようという葬儀会社とか。


真如苑のプロジェクトMURAYAMAの紹介も載ってた。日産自動車武蔵村山工場跡地を真如苑は買い取って、ひたすらに広大なただっぴろい敷地をじょじょに建設していくというのをやってんですね。その課程や取り組みを紹介してた。


イスラム建築関係の話しも日本人の大半は疎い分野なので興味深かった。イスラム教といっても、エジプトから東南アジアからいろんな国に広がっているわけです。それぞれの風土に適応したイスラム建築の発展があるのです。

日本人って中東に疎いこと多いですが、中東つっても国によって文化ぜんぜん違うわけです。イスラム建築つったらドーム状のアレを思うけど、サウジアラビアではテント文化がありそれを取り入れたような建築様式が発展するわけです。インドネシアでは勾配屋根の形式が発展しているわけです。

そういった各国事情をさらっとではありますが紹介してくださって、おもしろく読みました。


アメリカのメガチャーチにおける建築というのもニッチすぎる情報。メガチャーチというのは、近年アメリカなどで増えている、超巨大な収容人数のあたかもコンサートホールかなんかみたいな教会のこと。

日本にもあるようなこじんまりした昔ながらの教会でなく、大量の教徒を集めて、壇上の神父さんがマイクでアーメン!みたいなノリの大規模宗教大会チックなものに対応する教会のことをメガチャーチという。

その構造についてという、なんともマニアックな話し。


あと、紹介されてた書籍で『銀座の神々』という本がおもしろそうに感じた。

大都会・銀座に、実は稲荷や神社や教会やと宗教施設が潜んでいる。ビルの中にあったり、大都会と融合した「神々」の姿を追う。

銀座だけでなく、都市化の影で、ひょっこり変なところに地蔵や稲荷があるのは都市住民なら見たことあるでしょう。

ビルの屋上に稲荷とか、有料駐車場になったけど元からあった地蔵祠がひょっこり中にあったりとか。そういうのをテーマにした本のようです。

さらに企業神と呼んでいますが、企業が商売繁盛などのために勧進した稲荷祠とかの類がありますよね。ああいうのも都市には紛れている。


あと、冒頭に昨今ブイブイ言わせてる気鋭の宗教研究家、島田裕巳氏のインタビューがあるんですが、宗教建築史に関する本を書き始めてるみたいなことを述べている。

美術界は新宗教の美術をそろそろ考えないといけないと常々申してきた私としては、これは非常に楽しみ。

芸術は宗教に通ずとアート崇拝思想を持つPL教とか、美術に非常に力を入れてきた世界救世教とか、天理教の「おぢば」を中心とした特異な建築とか(なんなら「こふき」のグロ絵とか)、いろいろ切り口はあると思う。期待したいですね。

(個人的にはこのへんもう宗教美術マニア的には常識として知ってるんで、もっとニッチをやってくれるとさらに嬉しい)


ついでに紹介しときます。アンテナにずっと入れてるんですが、こちらのBlogのかた、新宗教施設探訪をやってて非常にイイ!

http://blog.livedoor.jp/tan_boh/

関東のかたなのかな?

関西方面、自分がやろかな?と少し思ってます。

とりあえず前記事の尼寺札所関連で辯天宗の総本山である奈良県五條市の施設はそのうち行こうと思っております。

2010年3月13日 (土)

ヒヌカンって何?

漆工芸を鑑賞するのが好きなので、沖縄漆器というものがあるのでそれを検索してたら偶然知ったのですが、ヒヌカン。

沖縄の仏壇は特殊で、平べったい線香とか独自の様式とかあるのは知ってる人多いと思う。

沖縄仏具の老舗、照屋漆器店のサイトにヒヌカン祭祀の紹介があった。


火の神は自然万物に感謝を捧げるための神柱です。昔はカマドの三つの自然石を御神体として台所(昔のプクシチ)に祀られていました。沖縄独特の信仰として今なおどこの家庭でも継承されています。

その歴史は古く、琉球の時代から続いてきたと言われています。もともとは台所にあった「かまど」そのものを大切にして祀っていたものが、各集落や家々でかまどをかたどった三個の石を祀るようになりました。

ヒヌカンのことを別名「ウミチムン(御三物)」と呼ぶのですが、それはその三つの石のことを指しているのだそうです。現在では、台所に、陶製の香炉、水、塩、花木を供える形が一般的になっています。沖縄では、仏壇(トートーメー)よりも古くから信仰されて、とても親しまれてきた存在です。

http://www.teruyashikki.com/page/category/others#post-15

沖縄方言では「○○の○○」を「○○ん○○」といったりしますし、語尾が「ん」になったりもよくする。要するに「火の神」というのを火ぬ神(ひぬかん)と言うわけです。

本州にも近世までは盛んにあったカマド神の文化です。


なお照屋漆器店は創業時期が江戸末期にあたり、とんでもなく老舗のようです。

http://kogeisha-angle.blog.so-net.ne.jp/2008-08-22-1


はてなキーワードにどなたかが項目作ってた。


火の神。沖縄など琉球諸島で家の守護神として信仰される存在。普通は台所に祀られ、古くは竈のうしろに置かれた3個の石をご神体とした。現在ではウコール(香炉)がそれに代わっている。

一般家庭では、旧暦1日と15日にウブク(ご飯)などの供物を供える。

家庭で祀られるヒヌカンのほかに、琉球王朝全体で祀られるヒヌカンや、地域で信仰されるヒヌカンもあり、最高神とされる。

ヒヌカン信仰は本土の三方荒神に中国の竈神(カマド神)信仰が習合して形作られていったと思われる。ヒヌカンは女性が守るものとして、現代でも沖縄の人々の暮らしには欠かせない存在となっている。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D2%A5%CC%A5%AB%A5%F3

カマド神は別に中国だけじゃないっすよ。日本にもありますし、東アジアに広く見られる文化です。中国でも漢民族だけの文化でもなく広くあるもんです。少なくとも陰陽道盛んな平安期には盛んにもうあります。

中国ルーツ説はなにか根拠あるんだろうか? 中国文化流入とか本土文化流入とか以前からある民俗信仰という説のほうがありそーな気が私はするんですが。

あと本土の三宝荒神は、民俗信仰のカマド神が先にあって、それに仏教・修験道の三宝荒神信仰が習合したという流れなので、この説明は違和感あるなあ。

むしろ東アジアの民俗文化として広くあるカマド神文化の1つではなかろうか。

本土でもカマド神の祭祀文化は、その土地土地で全く違う祀りかたをしています。東北と九州と関西ではぜんぜん違ったりするわけです。そういうの考えると、本土vs沖縄というより、地域地域のカマド神文化のように私は思えますねえ。

それも日本国内だけに留まらず、アジア各地に広がるいろんなカマド神文化の1つに思える。

これは本来かなり土俗的な民俗文化に根ざす種類のものですから、そんな中国とか本土とかの影響ってさほど大きく無いんじゃあないかなーと、日本各地の多様な勝手気ままに進展したカマド神文化を見るに思う。


さて、ヒヌカンについてググってたら、沖縄のヒヌカンセットを販売する、「ヒヌカン家」というサイトがあった。(http://hinukan.cart.fc2.com/)


神の島沖縄聖地巡り(http://dom13.konjiki.jp/)というサイトをやってるかたがはじめたそうです。

サイトには我が家のヒヌカンが紹介されている。

http://dom13.konjiki.jp/k16.html

ヒヌカン屋Blogもあって、屋外ヒヌカンの写真とか紹介してておもしろい

http://hinukan.blog64.fc2.com/blog-entry-19.html


あとは、沖縄文化などの出版をしてるボーダーインクという出版社から、『よくわかる御願(ウグヮン)ハンドブック ヒヌカン・トートーメー12ヵ月』なる書籍が出ているようだ。

http://borderink.shop-pro.jp/?pid=4609361


あとは、ヒヌカン☆クラブというサイトがあった。

http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/mikoclub/index.html

ヒヌカン愛好者の集い的なものらしいのですが、「霊的資質をもった人々の間の横のつながりを作るための霊性探求ネットワークです」ともあり、変な敷居があるなあ…

仏壇やら神棚祀るのに霊的資質は問題ではないような気がするわけで、要は信心の問題ではないのだろうか。霊的資質なんかないよ!って人がほとんどではなかろうか。

メンバー制なので今も稼動中かは不明。

2010年3月12日 (金)

こんな仏壇あったらいいなコンテスト

仏壇が好きです。前も書きましたが、仏壇というのは寺と同じ発想のもの。寺のミニチュア的な造形を様式化してきたものです。

ルーツを辿れば貴族などが氏寺的なものを作ったようなものから、民衆にまで一族を祀る祠を作る伝統に繋がり、その先に仏壇があるわけです。さらに近年は家庭環境の変化に伴い、代々の仏壇を長子相続だとか○○家だとかいうのが希薄になりもっと個人的なものになっています。つまり仏壇のルーツは寺であり仏を祀った小規模な祠なのです。これは現在の仏壇の構成をよくよく見れば、寺の御本尊構成との共通点からも察しえるでしょう。

ですから、仏壇は本来「My寺」が本意なのでしょう。ですから仏閣巡りや仏教美術鑑賞が好きな人なら仏壇好きにもなるでしょう。


というわけで、仏壇・仏具の資格を調べると、仏事コーディネーター資格というのがあるそうだ。

http://www.butsuji-coordinator.com/

だがこれは現役の仏具販売店(正社員のみ)という決まりがあるそうです。


これの後援をしているのが全日本宗教用具協同組合(全宗協)。仏壇仏具の業界団体です。

http://www.zenshukyo.or.jp/

いろいろな活動や情報発信をしており、たいへんおもしろい。


先月開催したこのイベントの紹介がありました。

来て!見て!発見!暮らしとお仏壇フェア2010

http://www.iina-butsudan.jp/


「おりん」を使った楽曲演奏とか、おもしろイベント満載。せんとくんも来場します!

仏事相談とかはもちろんのこと、薬師寺長老の法話だの全国おぶつだん俳句川柳コンテストだのなんだかんだやってます。

おもしろいのが、「第2回 こんな仏壇あったらいいなコンテスト」。各社のコンセプトモデル(…っていうのか?)が発表されます!

第一回の結果が掲載されているページがあった。

http://www.iina-butsudan.jp/contest2008.html


小野屋漆器店の漆芸を凝らしたアバンギャルドなのとか、安田松慶堂の乳鋲を仏壇に取り入れたのとか斬新です。三村実本店の『アジアンモダン』も霊柩車のような派手さと中国・台湾のなんかみたいな要素も見えて不思議なものです。

(その他正統派の範疇で芸を凝らしたものも多数ありますが、そのへんは近くで見ないとなんとも言えないのでここではさして触れない)

まだ今回の第二回の結果はインターネットで公開してないのですが、公開が早く見たいです。


あと、このコンテストでも宗教工芸社賞がありますが、宗教工芸社も業界では知っとくべきところ。

ここは仏壇・仏具・神棚などの業界新聞である「月刊宗教工芸新聞」を発行しています。

http://www.butsudan.kogeisha.com/

新商品案内などが知れて面白い。

Blogもありますが、紙面の記事紹介があり、凄く面白そう。

http://kogeisha-angle.blog.so-net.ne.jp/

2010年3月 1日 (月)

平成のビリケンさん

通天閣に祀られているビリケンさん。これはラッキーチャームとして知られるわけですが、そもそもなんなのか?というと、アメリカの神がかりが夢で見た幸運の神様というのだから「なんじゃそら!」って感じです。

大昔のことでよく分からんけど、当時アメリカで幸運の御守りみたいな感じで局所的ブームがあったのかなあ?それがなぜか日本に伝わって、ハイカラなもんということでなぜか通天閣に置かれた。それが月日を経て通天閣名物に、って流れかなーと思う。


気になったのでググってみた。


元々は1908年にアメリカ合衆国の芸術家フローレンス・プリッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神がモデルになっているという。これが「幸福の神様」として世界中に流行した。当時のアメリカ大統領であったウィリアム・タフトの愛称が名前の由来とされている。また、セントルイス大学のマスコットになっている。

日本には1909年頃渡来し、1911年大阪の繊維会社・神田屋田村商店(現:田村駒株式会社)が商標登録を行い、販売促進用品や商品キャラクターとして使用した。

1912年、大阪の新世界に遊園地・ルナパークがオープン。当時流行していたビリケン像が置かれ、新世界の名物となった。しかし、ルナパークの閉鎖とともに、ビリケン像は行方不明となった。

1979年、通天閣に「通天閣ふれあい広場」を作る際、かつて新世界の名物であったビリケン像を復活させることになった。伊丹市在住の安藤新平の彫刻により、戦前のビリケン像が木彫で復元され、以来通天閣の名物となっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%B3

今のビリケン像は1979年の像なんすね。そんな昔じゃあないんだー。

元は大正ということで、夢で見た神様をマジメに祀るとか、なんとも大正オカルトブームチックでおもしろい。

まあなんにせよビリケンの意匠自体は戦前の話しで、パブリックドメインに属する存在です。


…が、なにやら著作権がなんだのという告知がちょい前にあった。

なんだそれおかしいだろ!…と調べると「ビリケン」でなく「通天閣ビリケン」というので著作権管理をしようという動きがあるらしい。

騙されたらアカンで!あくまで企業が出張って所有権を主張してるのは「通天閣ビリケン」という商標であって、もっと自由なものなのである。

http://www.billiken.jp/

まあ儲けより積極展開しようという意図かもわからんけど、民俗神に属するようなビリケンに商標権はそぐわないでしょう。お地蔵様の商標はうちが持ってますから!!!…みたいな違和感がある。


その関係かなんかしらんけど、大阪の街中で、特に商店でなぜかビリケンの像を置いてる店をここ1年ほどでかなり見た。

おそらく飛び込み営業とかして売り込んでるのだろう。ここ絡みだと思う。

さらに以前、中日スポーツ読んでたら(名古屋の新聞。ドラゴンズファンのために全国で売ってる。別にファンでないが読む。モータースポーツもやたら強い新聞)、「平成のビリケンさん」が名古屋を訪問という記事があった。

これはなんだろう?とまたググる。

函館の五稜郭タワーに平成のビリケンが訪れるという記事があった。


「平成のビリケンさん」は、通天閣開業五十周年を記念して二〇〇六年に作られた、ビリケン像よりひと回り小さい像。

昨年八月から、全国タワー協議会に加盟している十一のタワー施設を巡り“親善大使”として通天閣のPRをしている。

http://4tower.blog10.fc2.com/blog-entry-20.html

ああこれか!これが名古屋にも来て中スポが取り上げたのでしょう。

なにやらビリケンビジネスを急に最近活発にやってるみたいですね。

でもまあここいらで、ビリケンはパブリックドメインやで!!!というのをいうておきたい。もっと自由に意匠使ってみんながいろいろやったほうがおもろいやん?

業者は業者で頑張ってくれりゃいいけど、「通天閣ビリケン」なんて紛らわしい登録名で、あたかも自分らが権利持ってる、自分ら通せ!みたいなことを吹聴するやりかたは気に入らないなあ。

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